溺れる神は○をも掴む7
神様にとって人間というのはとても簡単に扱える生き物らしい。好奇心が強く、社会性もあり、それでいてさほど力を持たない。人間にとっての小さいペンギンみたいな存在らしい。乱獲されて絶滅危惧種に追いやられなかったのは、神様が食料や資源に困っていなかったからかもしれない。
簡単に捕まえられるし、逃がそうという気持ちにならなければ逃さない。そして神様は寿命が長い分、逃がそうという気持ちになるのが遅いそうだ。
つまり被害に遭わないためには、捕まらないことが1番の策。
「だからってこれはない」
「もうルリさま、動かないでくださいよう。今針を使ってるんですから」
そして既に他の神様のものであることが2番である。
という理屈から私はミコト様の服を着せられていた。
しっかりと体を洗って、それからミコト様が普段着ている服を着ると、いつもの不思議な香りが濃くなった。もちろん背の高いミコト様の服は私には大きすぎるので、白梅さんと紅梅さんが急いで調節してくれていた。
袴は紐で結ぶようになっているので、ちょっと余るけれどウエスト部分は大丈夫。だけど裾が出ないと転んでしまうかもしれないので、私の足の長さに合わせて裾上げをしてくれている。こうしてみると、ミコト様、めっちゃ足長い。すごく裾が余る。絶対にこの人、ジーンズをそのまま履けるタイプの人だ。
「上も大きいわねえ」
「帯が難しいわ」
「両側にこう折り目を付けるように縫うのはどうかしら」
「指先は出ないままの方がいいかしら」
テキパキと手を動かしながらもキャッキャと楽しそうな白梅さんと紅梅さん、私の懐や袖の辺りにミコト様の依代である紙をめいっぱい詰め込んでいるすずめくん、そして部屋の隅で小さく丸くしゃがみ込みながら、両手で顔を覆っているミコト様。白くて長い指は、たまに動いてはチラチラとこちらを見て更に丸くなっている。
「ルリさま、大体調節しましたがどうですか?」
「重い」
「絹ですからねえ。十二単衣よりはずいぶんと軽いですよ」
「平安時代の女性って筋トレでもしてたの?」
「足袋はぶかぶかすぎて駄目ですから、ここにも依代を入れておきましょう。ミコト様、いかがです?」
「……ょ……よい! すごく!!」
ぐっと拳を握りながら力強く頷いたミコト様は、私と目が合うとまたキャッと顔を袖で隠していた。本当にこれで大丈夫なのだろうか。
もじもじとしじみってるミコト様を、すずめくんも呆れた目で見ている。
「出来ることはきちんとしましたし、あとは主様のそばにいたらまずは手を出されないでしょう。本当は、きちんとお嫁様になって身も心も主様のものになっておけば一番安心なのですけど」
「なっ、何をこんなときに! すずめ、破廉恥だぞ!」
「古の頃はこんなの珍しくもなかったでしょうに。引きこもりが長いせいで、風紀だけはご一新後になってるんですから」
日本史の授業でも、昔のほうが結構性的に奔放な文化があったというのは聞いたことがある。ミコト様が長いヒッキー生活によって人との距離感を測りきれなくなっているのは、まあいきなり距離を詰めようとしてくるタイプじゃない限りは悪いことではないと思った。
「恥ずかしがってる場合ですか! きちんと懐に入れてお守りしてください! あちら様にルリさまを取られてはどうにもなりませんよ!」
「わ、わかっておる。ルリのことはきちんと守る。きちんと……きちんと……」
立ち上がったミコト様は力強く頷くも、私を見下ろしてまたそろーっと袖のカーテンを敷いた。こんなしじみ具合で私はちゃんと守ってもらえるのだろうか。
心配していると、めじろくんが軽い足音を立てて戻ってきた。
「これがあれば大丈夫でしょう」
でーんと見せつけてきたのは、にわか面である。左半分しかないそのお面は、私がミコト様の怪我を気にしないでいられるように作ったお面の一つだった。
「さ、ルリさま、少しお屈みになってください」
「え……マジで? よりにもよってそれ?」
「これが一番おもしろいので」
「えぇ……」
梅コンビによって捕獲され、めじろくんに太眉と眠そうな目がデレンと垂れて描かれているお面を装着させられる。すずめくんはパシャパシャとスマホで撮りまくっていた。やめてほしい。
「随分面白い顔になりました。これならときめく要素も半減です」
「真顔で言わないでほしい」
真剣にめじろくんに言われるとより恥ずかしい。
恐る恐るミコト様の方を見ると、まじまじと私を見たミコト様がうんと頷いた。
「なるほど、可愛さが増したな。ルリはどのようなものでも似合う」
「……全然褒めてない」
「いや、褒めておる! 褒めておるぞ?!」
ミコト様はデリカシーについてももっと学ぶべきだと思う。
ちなみにすずめくんの撮った写メを見せてもらうと、半分のお面でも十分に笑える顔に出来上がっていた。これからは人にプレゼントをするときは気をつけようと固く誓う。ミコト様がモジモジしなくなっただけ良かったのだと今は思い込むことにした。
「では、行くか」
「お気をつけて! 特にルリさま、くれぐれも!」
「ミコト様から離れてはいけません」
「クラスメイトよりまず自分ですからね!」
「皆で無事を祈っているわ」
「ご飯を作って待っているわ」
「行ってきます」
ミコト様が私に近づいて、袖で囲うように私に腕を回す。
すずめくん達に手を振ってからミコト様にしがみつくと、ふわりと体が浮くような感じがした。




