溺れる神は○をも掴む5
私はミコト様が作ったカモミールティーを飲みながら、とりあえず隣町の神様にメールをした。夜中なので失礼かなと思いつつも神様的な味方を増やしたいという気持ちだったけれど、タワーマンションで現役主婦をしている神様はバリバリに起きていてすぐに反応してくれた。
『なにそれやばそう』
やばそうか。やばそうなのか。神様的にも。
ミコト様がなまじ力のある神様だけに、それ以上となるともうそれが誰であってもちょっとやそっとじゃ手に負えないようなレベルになってしまうらしい。敵にすると厄介ではすまないそうだ。
実際にさらわれた百田くんを返してもらいにいくわけだし、敵になるのだろうか。敵う気がしない。
私の横にある一人がけのソファに座ったミコト様は、同じくカモミールティーを飲みながらサラサラと何か筆で手紙を書いていた。
カモミールティーは庭で取れた新鮮な花を使っていて、りんごっぽい香りがする。ミルクと蜂蜜が入っているので口当たりも柔らかくて飲みやすかった。ふんわりした花の香りに墨のすっとした匂いが少し混ざる。
「ミコト様、」
「どうした、ルリよ」
筆を置いて乾かすために手紙を広げたミコト様は、上品にティーカップを掴みながら首を傾げた。平安装束でこれほどマイセンのティーカップが似合うのはミコト様くらいだろう。仕草が上品なのでずっと見ていられるほど絵になるのだ。じっと見ていると照れてしじみになるけれど。
「百田くんを攫った神様って誰かわかったんですか?」
「うむ、まあ消去法で見当は」
「消去法……」
「私の傷が癒えた折に、あちらこちらで宴に呼ばれていたであろう。普段から誼を結んでいる相手であれば、普通は土地に入る前に一言入れる筈だ」
大体の神様には、守護をしているエリアがある。それはそのまま土地であったり、人間の一族であったり、職種や物であったりと色々あるし、守っているエリアが被っている場合もある。とはいえ関係ない相手がズカズカ入ってくると神様界でもそれはマナー違反だし、そこで非常識なことをすると争いの種になったりもするらしい。ルールやマナーを全く気にしないタイプの神様もいるらしいけれど、大体の神様はある程度のことはわきまえているらしい。人間社会に似ている。
「ちなみに神様同士が争うとどうなるんですか?」
「一概には言えぬが……天災の引き金になったりするな」
「やばいやつだ」
やばいうえに人ではどうしようもない。
「百田くん、ほんとに大丈夫なんですか? こんなにのんびりしてて、なんかヤバイことになりませんか? ほら、裏の山にいたあの神様みたいなタイプだったら」
「あんな成り上がりのような野蛮な行為はせぬだろう」
「いや、いきなり高校生攫っていくって大分野蛮ですよ」
普通警察に捕まる。神様はやっぱり人間とは比べられないほどの力があるためか、常識が違うのかもしれない。例えば人もネコかわいいとか言って野良猫を保護の名目で飼ったりするけれど、もしかしてそれも猫界では野蛮な行為なのだろうか。のんさんの家の保護猫はめっちゃ寛いでるけど。
「や……野蛮なのか……わ、私はそんなつもりでは」
「あ、いや別にミコト様が野蛮だと言ったわけじゃ」
ミコト様がオロオロしだしてから気が付いたけど、私も割と強引にお屋敷に引っ張り込まれたんだった。神様的にはスタンダードな人間の誘い方なのか。
とはいえ、私の場合は逃げたいという願いを叶える形だった。本人の希望なのかそうでないのかというのは結構大きな違いになる。少なくとも私はものすごく助かったし、今ではこのお屋敷で寛ぎまくっている。
……ん?
「いや、私、ネコと同じだわ」
「ね、猫?」
「いや、ネコのほうが可愛いぶんだけ役に立っている感じする」
「何を言っているのかわからぬが、ルリも可愛いし、そなたがいるだけで私は嬉しいので十分に役立っておると思うが」
突然のネコに首を傾げつつも、ミコト様はなんか嬉しいことを言ってくれた。普段しじみのくせに、こういう恥ずかしいことをたまにサラッと言うところがミコト様のずるいところである。
「猫……いや、ルリが猫になったら……うぅっ、耳、耳と尻尾が猫というのも……よい!!」
勝手に暴走するところが玉にキズだけれど。
何かメラメラと燃やしているミコト様は放っておいて、とりあえず寝ることにした。明日の朝に出かけるのであれば、早く眠っておいたほうがいい。ミコト様が一人で出かけるにしても一緒に行くにしても、寝不足というのはよくないだろう。
カモミールの効果もあってスヤスヤ寝てスッキリ起きた朝、反対にミコト様は少し曇った顔をしていた。
「まだ行けぬ」
「え?!」
「返事が来ぬ」
夜中のうちにミコト様は手紙を届けてもらったけれど、その返事がまだ来ないらしい。神様の手紙はその神様に仕えている者が届けるのが一般的で、ミコト様は蝋梅さんに持っていってもらったらしい。人を介しているので、普通はイエスかノーか保留かだけでもその場で手紙を託してくれるものらしいけれど、蝋梅さんは手ぶらで追い返されてしまったそうだ。
「えー、手紙無視ってことはノーってことですか?」
「というより、この天気が返事であろう」
「天気?」
主屋の縁側の向こうは、朗らかな日差しが降り注いでいる。なのでどういうことかと思ったけれど、学校に行こうとしてわかった。
お社から出ると、外は厚い雲に覆われた雨だったのだ。




