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溺れる神は○をも掴む2

「ミコト様ー、起きてますか?」

「おゴホッ、お、おき、起きて、おキておる!!」


 御簾越しに明かりが付いているのが見えていたので声を掛けると、ミコト様が盛大に噎せていた。お茶とか入れたほうが良いかと更に声を掛けると、ミコト様の噎せ具合が激しくなる。


「大丈夫ですか? 入っていいですか?」

「ふグッ、まッ、な、ま、そんな、いき、いきなり! ま、まだ、その、わ、わた、じゅんび」


 苦しそうなので勝手に入って水差しの水をコップに入れて差し出すと、大きく息を繰り返しながら赤い顔でそれを一気飲みして、また少し噎せていた。噎せながらも袖で顔を隠す辺り、恥じらいを忘れない神様である。


「こ、こんな夜更けに、一人で、そ、その、ふ、文でも貰えれば、わ、わ、わ私の方が行ったものを……!」

「いや、私が来たほうが手っ取り早いので」

「ろまんがない!」


 何でロマンが必要なのかわからないけれど、私が説明していくとミコト様は次第に冷静さを取り戻したようだった。


「それで百田くんがいなくなったとか騒いでて、今ノビくんお社のところまで来てるらしいんで会いに行ってもいいですか?」

「なっ、ならぬ! こんな夜更けに男と会うなど!!」

「いや、そういうことじゃなくて」

「許さぬ! 私の目の黒いうちは、そんな破廉恥な!」

「昭和か」


 どう考えてもノビくんと私がそんなハレンチなことになるわけがない上に、百田くんが行方不明になっているらしいのに何を言っているのだろうか、この人は。


「友達がいなくなったら心配しませんか? ミコト様もすずめくんや紅梅さんがいなくなったら心配するでしょ?」

「あれは私の眷属であるし、どこにいるかは大体わかる。大体、モモダは男であろう。一日や二日姿を見せぬ程度、どうせどこぞの娘に会いに行っておるのではないか?」

「時代が違う!」

「うっ」


 女性の部屋に夜這いしに行くという平安時代のノリで考えているらしいけれど、何百年前の話だと思ってるんだ。ミコト様に思わずびしっとツッコミを入れると、ミコト様が悲しそうな目をした。それでもミコト様は百田くんのことについて心配している様子はなく、ひたすら面倒そうである。


「とにかく話だけでも聞いてきます」

「ならぬ! 門も開けぬぞ!」

「すぐ帰ってきますから」

「ルリの頼みとしてもこればっかりは!」

「じゃあミコト様も来てください。ミコト様がいれば別に危なくないですよね?」

「うう」

「ミコト様、守ってくれるんですよね? ミコト様は私の、すごく頼りになるかっこいい神様ですもんね」

「ううぅ」

「ちょっとしたデートだと思いませんか? お散歩デートですよ」

「お、お、おさんぽでえと……」


 ミコト様はデートに夢見がちなお年頃らしく、この前もデートに行かないかと誘ってきていた。期末テストが近いので終わってからであればと返事をするととてもしょんぼりしていた分、お散歩デートという言葉に強く誘惑されているようだ。

 ずいずいっと押して、結局手を繋いでいくということでミコト様は頷いた。大体反対していても最後には私のお願いを聞いてくれる辺り、ミコト様は結局私に甘くて優しいのだ。


 ミコト様はそれからめじろくんを呼んで外に出られる格好に着替え、私にも寒くないようにとカーディガンを手配し、明かりを準備させる。草履の準備が整う頃には、ミコト様はうきうきした顔で手をそっと差し出してきた。もう片方の手には木製の扇を持って顔を隠している。


「では……ルリよ、行くか。でえとに」

「そうですね」


 デートということで頭がいっぱいになっているらしいミコト様は、篝火で照らされた紅白の梅を見ては足を止め、道の両側に満開になっているラナンキュラスを見てはあの色がよいとかあの蕾は明日咲くだろうとか楽しそうにしている。それに適当に頷きつつ手を引っ張って門を出ると、石製の番犬である狛ちゃんと獅子ちゃんが尻尾をふりながらお迎えしてくれた。ぴょんぴょんと私達の周りを跳ねては撫でてほしそうに後ろ足で立って伸びをしている。


「おお、よう勤めておるな。よしよし」

「ミコト様、早く行きましょう」

「うむ、そうだな。狛犬よ、そなたはここに残っておれ」


 お留守番を命じられた狛ちゃんはしょんぼりした様子でお座りして、代わりに獅子ちゃんが軽快な足取りで私達を先導するように振り返りながら歩き始める。渡り廊下のような建物を歩いてお社から外へ出ると、スマホをいじっていたノビくんがじれたように声を上げた。


「ミノさん超おっせぇ!」

「いや、ごめん」

「なんと無礼な……さっさと巣へ帰るがよい」

「エッめっちゃ待たせたくせに神様超塩なんだけど!」


 百田くんのことを考えて焦っていたノビくんが、30分以上かけてやってきた私に文句を言うのは当然のことだと思う。そしてミコト様は、案の定当初の目的を全く忘れていたようで、ノビくんを見るなりあからさまにテンションを下げた。眉をひそめて、扇で口元を隠しながら溜息を吐いている。楽しそうなのはゆっくりと尻尾を振って大人しくしている獅子ちゃんだけになってしまった。


 微妙な空気になった23時、おんぼろ社の小さな敷地。

 雰囲気を変えるため、とりあえず私は握ったミコト様の手を揺らしつつ、ノビくんに状況説明を求めることにした。






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