こいのたより3
ミコト様から最初の手紙をもらってから、2日と空けずに枝が届いている。
「今日は蝋梅です。冬の花です」
「これ良い匂いだねー。紅梅さん達みたいに蝋梅さんもいるの?」
「おりますが、蝋梅は外で働いているので」
「へェ〜」
黄色くて蝋を薄く削って作ったような可愛い花の香りが、朝が来たばかりの中庭に広がる。枝に細く折った手紙が結んであるけれど、相変わらずくにゅくにゅしているとしかわからない。それでも貰いっぱなしというのは手紙を無視しているようで気が引けるので、たまに私も勝手に返事を書いていた。
筆は無理っぽいのでペンだけど、ミコト様が読みやすいように縦書きで、簡単な文章しか書いていない。
「めじろくんも朝イチで忙しいのにありがとうね」
「朝の仕事はもう終わらせているので平気です。ルリさまが起きてすぐにお渡しするよう主様がうるさいので」
「読めないけどね」
「グゲェ」
「……今めじろくん何か言った?」
「めじろは何も言っていません」
「グゲェ」
私とめじろくんだけの庭に、何かよくわからない鳴き声が響いた。表情のほとんど変わらない美少年と思わず顔を見合わせる。そのまま2人で黙っていると、低くて濁ったような、潰されて思わず喉から出たみたいな声が聞こえる。
「グゲェー」
「……え、何? カエル? カエルとかいるの?」
「ルリさま、あれ」
めじろくんが白い指で指したのは、足元の池。そこの水面から顔を出してバクバク口を動かしている鯉である。
バチャバチャと集まっている錦鯉達の中、一匹だけの黒い鯉が口を開けると「グゲ」とそこから音が出た。
「へぇー鯉って鳴くんだね。知らなかった」
「ルリさま、鯉は普通鳴きません」
「え?! そうなの?! じゃあ何でアレ鳴いてるの?」
ここに来てから割と私の知らなかった動物の生態などを目撃することが多いのでこれもそのひとつかと思ったら、めじろくんが冷静に否定した。
確かに常に水中で生きている鯉が鳴く意味もよくわからない。
「グゲェ」
「怖っ! 何? エサ? エサまだあげてないから怒ったの?」
紙コップに掬ってきた鯉の餌をばらまく前にめじろくんがやって来たので、まだ鯉は朝ごはんにありつけていなかった。それを恨んで執念で声を出したのではと考えると普通に怖い。
慌ててエサを水面にばら撒くと暴れているかのように競い合ってエサを口に流し込んでいる。
「怒っているのとは違うと思いますが……」
首を傾げているめじろくんは、鳥のメジロがする仕草に似ていてとても可愛い。すずめくんとめじろくんはここの中でも位が高く、力も強いため自分の意志で人間の姿と鳥の姿のどちらにでもなれるらしい。すずめくんの可愛さにノックアウトされた勢いでめじろくんにも鳥になってもらえるようにお願いしたら、スズメよりちっちゃくていつもの着物と同じ羽を持ち、目の周りが白い可愛い可愛いすがたになったのだ。その日から私のみかん収穫量が増えたのは言うまでもない。
「鳴き声は不気味だけど、でもまあここのお屋敷にいるものは危なくはないんだよね?」
「危なくはないというより、ルリさまは主様の護りがありますから」
「魚だし、池に入りでもしない限り襲われたりしなさそうだしね」
「ルリさま、このことを主様のお返事に書かれては? めじろも報告致しますが、主様はルリさまの手紙で知ったほうが嬉しいでしょう」
「あっそうだね。返事に書く話題がひとつ増えたわ。これからみかん取りに行くけどめじろくんも来る?」
「みかんは好きです」
まだたまに「グゲェ」とか鳴いている鯉をとりあえずそのままにして、私とめじろくんはみかん狩りへと繰り出すことにした。