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しじみしじみ

 めじろがスマホで電子書籍を読んでいると、主の気配が戻ってくるのを感じた。

 穢れを祓いきり、以前のように、いやより遥かな尊さを手に入れたお方の気配は、どこにいようと違えようもないほどの力を漲らせている。

 部屋に帰ってくるようだと気付いて、めじろは水差しから電気ケトルへ水を入れてスイッチを入れる。わざわざ厨まで行かずにお茶を入れられるのはとても便利である。主にコンセントの増設を申し出てよかった。

 スマホを一旦立てかけておき、主がお座りになる座布団を調えて、見えた姿に頭を下げた。


「お帰りなさいませ」

「うむ……」


 せっかくめじろが深々と頭を下げているのに、主はろくに返事もせずにフラフラと部屋に入り、それからどたりとそのまま床へ倒れ込む。お茶の用意はまだだが、この分だとすぐには必要ないだろう。意味ありげな溜息を吐いている主をスルーして、めじろは用意を続ける。


「めじろよ、ルリの悩みを晴らすには私は力不足だろうか……」


 あぁ、とか唸る声を気にせずにいたら、主はとうとうめじろに問い掛けることにしたようだった。沸いた湯で急須と湯呑みを温めながら答える。


「今のルリさまのお悩みと言えば、進路希望調査表のことですよね? 俺のところに永久就職的なことを言えばいいのでは?」

「そっ、そんな巫山戯たことなど、ならぬならぬ! ルリは己の歩む道について悩んでおるのだぞ!」

「では昨今は進学率も高くなっているのですし、とりあえず大学進学をおすすめされてはいかがでしょう」

「そういうことでもないっ」


 めじろの知る限り、主は温厚で理性があり、慈悲と知恵をもってすべてのものに接することのできるお方であった。しかし、ルリさまが絡むと途端に木偶の坊になってしまうのだ。あいきゅーなるものもきっと3くらいにまで低下しているのだろう。


「ルリが……ルリが幸せになるのが一番なのだ……そのために、私は出来る限りのことをする。ルリがしたいことを……出来るように……ルリ……」


 茶葉が開いたので、めじろはそっとお茶を湯呑みに注ぐ。すずめと相談して買った新しい玉露は香りが瑞々しく、ほのかな甘味と涼しく感じる程度の苦味がとても良い。

 湯呑みを茶托に置いて差し出しても、主は「ルリ」としか喋らない。


「ではお伺いしますが、主様はルリさまに結婚して欲しくないのですか?」

「欲しいに決まっているッ!!」


 力強く、主が腹から声を出した。


「ルリと祝言を挙げて、盃を交わせばどれほどの幸せであろうか……! 毎夜共に眠り、朝になれば起こし合って、朝食を一緒に食べて……今日は何を食べたいとりくえすとされて……出かける折には、い、いってきますのせ、せ、……ああッ想像しただけでも今すぐ結婚したくてたまらない!!」


 現代の女子高生についての参考資料として渡した少女漫画の影響を強く受けすぎたようで、めじろの主は少々夢見がちな性格になってしまった。あれこれと新婚生活を思い描いては、勝手に浮かれたり恥じらっている。


「なれば早々にそうなされば宜しいのに。主様のご神力であれば、ルリさまをお囲いになることなど何の造作もないことでしょう」

「ならぬ。それでは意味がない」


 倒れ込んでいた主は、落ち込んだ顔で溜息を吐き、それからズリズリと行儀悪く本棚の方へと這いずり始めた。


「私だけが望みを通してもまったく意味がない。ルリも同じ思いとなり、私を夫にと求めてくれて初めて妹背と……無理矢理ではなく、ルリに私といることが幸いだと思って貰うことこそ私の望みなのだ……」


 はぁ……と切なく息を零しつつ、主は筆を取る。物憂げな顔で帳面を捲り「鱧真蒸、星三つ、食感よし、あんかけいとよし」などと書き綴っている。想い人の口を自ら満たしたいとあれこれ料理しては、その反応を書き記しているのであった。

 その食事に少しでも濃い神力を混ぜ込んでしまえば、たちまち少女の体はこちらへ傾くであろうに、主はそれを求めずにこうやってうじうじとまたお屋敷の湿度を上げているのである。神格を持ちながらも、そうやって驕ることなく相手を慮る主の性格は、けれどめじろも嫌いではなかった。

 主の気持ちを持ち直させるために、めじろは魔法の言葉を使う。


「それでも、ルリさまとは両思いになったのでしょう?」


 ぴくりと主の動きが止まり、それからでへーっと顔がニヤけた。


「う、うむ。うむ。そうだ。私とルリは……互いに……ふふ。今日もその……手を、手をな」


 キャッと恥じらいながらも嬉しそうにもじもじと帳面をいらっている。そのうち、料理の本を捲りだし、楽しくなるような飾り切りや盛り付けなどを調べ始めた。

 正直、茶托を投げつけたい気分になるほどの緩んだ顔ではあるけれど、とても楽しそうなのは良いことだ。めじろは溜息を玉露で飲み干して、再びスマホを手に取った。




 ミコト様が自室で寛ぎながらも情緒不安定な様子が、めじろくんから動画として送られてきた。


「えーっと……」


 ご笑納くださいのコメントにどう返信すれば良いのか迷いながら、とりあえずもう一度再生してみる。

 見返してみると、いきなり叫ぶところが中々面白い。

 とりあえず、将来のことはゆっくり考えよう、そういう気持ちになれる動画だった。保存して保護を掛けて、それから私はめじろくんへお礼の返信をすることにした。






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