しじみしみじみ6
「……だからね、まだ高校生だし結婚とか遠い話だし、そもそも付き合い始めたばっかりだし、すぐにどうこうとかはないってだけの話で」
高さのある縁側から必死に引っ張り上げて説明を繰り返すことによって、それ以上のデジャヴは阻止することが出来た。まだ青い顔をしているものの、こくこくと頷いて指先を震えさせながらお茶を啜っている。お父さんとすずめくんはミコト様をなだめるのにうるさかったので「静かにしないとものすごく怒る」と言って2人で縁側に正座してもらっていた。何か言いたそうにこちらを見ている2人の前を、カラスがのしのしと往復している。
「まあ大昔はあれだったんでしょうけど、ミコト様、今の結婚平均年齢なんかアラサーですよ、アラサー。10年以上ありますよ」
「うむ……うむ……」
こくこく頷いているだけなのでちゃんと聞いているか心配だったけれど、ミコト様はお茶を飲み干すとまだ白い顔で弱々しく微笑んだ。
「ルリが望むならばそれでよい、もちろん、私と共にあってほしいが」
「ミコト様」
「主様ぁーまたそんなヒモ飼う薄幸女みたいなこと言って! もっとガツガツ行くんですよ現代は!!」
「ガツガツ……?! ガツガツ禁止! ミコト様、現代でも結婚は家と家とのお付き合いですから!! 絶対に! 勝手しないでください!!」
縁側からまたお父さんとすずめくんが吠え出したので、もう帰ることにした。
「ミコト様、もう帰りましょう。なんかうるさいし。すずめくんも飽きたら帰ってくるでしょ」
「その、よいのか? 父上殿は」
「父上殿禁止ー!!」
「いいですいいです。どうせ結論とかでないだろうし。じゃあお父さんまたね。天狗様、お騒がせしました」
「ぬ」
私とお父さんを見比べていたミコト様は、私が手を繋ぐとホッとしたように微笑んだ。それから恥ずかしそうに顔を赤くしながら、私に腕を回して抱き寄せる。
お父さんの絶叫を聞きながらふわっと浮かび上がった。
風もジェットコースターのような浮遊感も感じないのに、行きよりも速い気がする。赤くなってきた空の上で、ミコト様は落とさないように腕に力を込めた。
「ルリが幸せなのが一番だ」
ぽつりと自分に言い聞かせるようなミコト様の言葉が、風に乗って流れていった。
「まだ時間あると思ってるだろうがなー。将来とか漠然とでも考えてないとあっという間に大人になるから。とりあえずでいいから自分が何になりたいのか考えてるつもりでなー」
翌日の学校で非常にタイミングよく配られたのは進路希望調査である。まだ高校も2年の半ばだというのに、卒業後について考える必要があると突きつけられたせいか、どことなくクラスの雰囲気も面倒そうなものになっている気がした。
大きく「卒業後の進路について希望することを書きなさい」と書かれているプリントには、いくつか項目がある。
自分が希望している進路について以下に○を付けなさい。
1.進学( 大学 ・ 専門学校 )
2.就職( 縁故 ・ 就職活動 )
3.その他(具体的に: )
第一問からいきなり詰まった。
大まかな選択肢の次には、具体的な志望先を希望順に3つも書く欄が待ち受けている。さらにその下には、そこを志望することで将来自分がどうなりたいのか、そのために何が必要と思うか書きなさいという欄が大きく空けられていた。
「めんどくさー。一年のときにも同じようなことやったっしょ」
「この一年でお前らも成長しただろー。文句言わず素直に書いとけ」
みかぽんが文句を言って、教室の隅に座って本を読む体勢になった先生が適当に流している。ぶーぶー言ってはいるが既にみかぽんのプリントは半分ほど埋まっていた。他人の動向が気になるのは私だけではないようで、怒られないくらいの騒がしさでみんなあちこちで顔を突き合わせている。
「理学療法士」
「そー。手に職ほしいしねー。専門行ってさっさと就職したい」
「やだ〜意外に現実見てんだけど〜」
「意外とか余計じゃね? てかそういうゆいちはどーなの?」
手堅い進学先を考えているみかぽんに驚いていると、ゆいちとのんさんも集まってきた。
「そこそこ難関私大でボンボンかつ次男で頭良さそうなの捕まえるんだ〜」
「イヤあたしよかあんたのほうがよっぽど現実的なんですけど……のんさんは?」
「医学部。何だかんだ需要あるし」
「目標たっか。医者なったら割引して」
わいわい騒いでいる会話に入れずに、私は静かに衝撃を受けていた。
みんな、結構進路のこと考えてる。
いや私が何も考えてなさすぎなのか。
仲良しこよししていたと思ったらいきなり置いてけぼりにされたような感覚に陥っていると、肩で止まっていたすずめくんが机に降りてきてプリントをカツカツ突き始めた。
「ちょ、破れるから」
「えー何? ルリ的には3.その他なの?」
「もしかしてルリち結婚〜?」
「まさかルリが一番早いとは」
「いや、違うから」
穴を空けんばかりに執拗に3の部分を突こうとするすずめくんをふんわり掴むと文句を言うように鳴いていたけれど、親指でほっぺの黒い部分を撫でていると次第に気持ちよさそうに大人しくなる。静かになったのはいいけれど、相変わらず私のペンは動かなかった。
「でもまあいいんじゃね? 早めに子供産んでから色々してもさ」
「主婦させてもらえるとか今時ハードル高いもんね〜。高収入狙わないとキツいし」
「結婚しながらでも資格取っとけば離婚になっても安心だしね」
「ちょっとのん今から気早すぎ〜」
確かにミコト様と結婚すれば、これから先仕事をしないで生きていけるだろう。料理もミコト様が楽しそうにやっているし、掃除や洗濯は白梅さん達や他のお屋敷の人がやっている。日がな一日ゴロゴロしながら暮らす怠惰の極みにだって登り詰めることが出来る。
だけど、そんな条件で決めてしまっていいものなのだろうか。
そう思っても、他にやりたいことと言うのは特にない。看護学校に行きたかったのも、お母さんの代わりにばりばり働いて早く楽させてあげたかったからであって、仕事の内容について興味を持っていたからではない。今の学校で勉強していることから派生して何かもっと学びたいことがあるわけでも、未知の分野に興味が湧いているわけでもない。
何だか自分の中が空っぽになったような気がして、不安と焦りを感じる。
流されるままに与えられた選択肢を選ぶだけでいいのだろうか。
ぼんやりと不安に包まれたままチャイムが鳴って、私はプリントを鞄の中にしまいこんだ。




