しじみしみじみ5
メラメラと燃える炎が見える、気がする。
「ルリちゃん……ルリちゃんはね、まだ高校生なんだよ?! 花の! 17歳!! か・わ・い・い・さ・か・り! もちろん生まれたときからずっと可愛いけど! まだ若いんだよ!」
ガシッと私の両肩を掴んだお父さんが、笑顔すら取り落として必死に言い募った。勢いの強さに、大小の鳥がしゅっとフォルムを細長くして固まっている。
「それなのに……それなのに神様のお嫁さんだなんて!! まだ早い! 百億年くらい早い!!」
「百億年って。ていうか、別にまだ結婚とかそういうのじゃないし」
「なぜそんなことおっしゃるんですかルリさま!!」
私の言葉を遮るようにして、今度はすずめくんが光の速さで子供姿になって私を横から揺さぶってきた。
「せっかくらぶらぶ両思いになったのに!! もう梅らは花嫁衣装も選び始めてますよ?! 主様は甲斐性もあります! 三高ですよ! 望めばずっと酒池肉林だって出来ますから!」
「えっ、えっ?」
「ほ〜らぁ〜神様ってすぐそういうことするからぁ〜ルリちゃんもよりによってなんってめんどくさい相手を……!!」
ダメダメ絶対にダメ、何で天狗様がルリちゃん預かってくんなかったの、僕がもっと格の高い天狗だったら……! とお父さんは頭を抱えて唸っていた。すずめくんも、私をガクガクと揺さぶりながらミコト様のことを必死に売り込んでいる。
「ルリさまは主様にお輿入れなさるんです! お父上様はお控えなさってください!」
「僕はルリちゃん以外のお父さんになった覚えはないっ! なるつもりもないっ!」
掴みかからんばかりに2人がわーわーギャーギャーと言い合いを始めてしまったので、天狗とカラスがその邪魔にならないように湯呑みやらクルミやらを避難させていた。
結婚て。結婚って。
そりゃあ、ミコト様のことは好きだし、これから他の人を好きになることもなさそうだし、ゆくゆくはそういうことにもなるかもしれないけど。
だけど結婚。
まだ高校生なのに。
「いや、ないでしょ今は。さすがに」
「ルリさまーぁ! ミコト様のことは遊びだったのですか?! ひと夏のあばんちゅーるだったのですか?」
「そういうわけじゃなくって」
「ルリちゃんよく言った! えらい! さすがフユちゃんの子! お父さんとずっと暮らそう!」
「だーめーでーす! ルリさまはずっとずぅっとお屋敷で暮らします!」
「ちょっと2人とも落ち着いて」
火に油を注いだようにお父さんとすずめくんがヒートアップしてしまったので、とりあえず私も避難してお茶を飲むことにした。香ばしいそば茶に甘い金平糖が合う。天狗の巨大な指がそぉっと金平糖を摘んで食べているのも可愛い。
天狗、カラス、私と並んできゃんきゃんやりあっている2人を眺めていると、不意に私以外の全員が黙り込んで縁側の向こうを向いた。つられて私も顔を向けると、とすっと上から何かが降ってきて地面に刺さる。
刀である。
「ひっ」
「ふう。ルリよ、ここにおったか。父上殿と話すと言っていたが、随分遅くて心配したぞ」
鞘に入ったままの刀が刺さったすぐ近くに、ふわんとミコト様も降ってきた。てれてれと顔を半分隠しながらも微笑んでこちらへ近付いてくる。ちなみに「これ、お前は来なくてよい」と刀に話しているけれど、抗議するようにガタガタ動いているから怖い。
そして今、5時を過ぎたところである。
「主様ーっ! ルリさまがミコト様と結婚したくないって! 恋愛経験を積んでもっと甲斐性ある男を選ぶって!」
「ちょ、誰もそんなこと言ってないから!」
慌てて否定したものの時既に遅く、ミコト様はまたこの世の終わりのような顔をしてこちらを見ていた。
何このデジャヴ?
「いや違うからねミコト様」
「ル……ルリ……わ……私が……私が」
「いやミコト様に悪いとこないから」
「……しじみを飼うてはならぬと言ったからか?!」
「ちがいます」
庭から手を伸ばして「飼う! 飼うから!」としがみついてくるミコト様に「どんどん押しませ!」と煽るすずめくん、「しじみだけでなくサザエでも何でも飼っていいからここで暮らそう!」と叫ぶお父さん。興奮して鳴くカラスと状況に戸惑う大きな天狗。まさに阿鼻叫喚である。
とりあえず、しじみから離れて欲しい。




