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しじみしみじみ4

 授業が終わってショートホームルームになると、再びカラスが窓の外に生えている木の枝に止まりくわくわ鳴いた。担任の物言いたげな目線をスルーして帰り支度を済ませ、昇降口へ降りるとカラスも枝から地面へと降り立つ。


「えっルリもしかして帰るつもりなの?!」

「ひどいよ〜教えて〜心なしか人生楽しそうだった理由と経緯教えてから帰って〜」

「友達見捨てるとかひどいよね……」

「いやごめん……今度……また今度……歩けない」


 新手の妖怪となって腕にしがみついてきたみかぽんたちをどうにかこうにか宥めて校門を出た。相談に乗ってくれたしお礼もかねて色々と説明することになるだろうけれど、状況と立場の特殊性からして説明するのが難しい。号泣のちしじみでお花畑になりましたでは伝わらないのである。


 私が歩き出すと、カラスがそれを先導するように振り返りながら歩く。とてとてと普通に歩いたり、私に追いつかれそうになるとててっててっとギャロップするように跳ねたりして可愛い。すずめくんやめじろくんが鳥の姿のときはジャンプするように歩いているので、体が大きいと人間のように歩くのかもしれない。


「ルリちゃん!」


 大沢くんとあれこれあった公園まで付いていくと、お父さんがいた。相変わらず高下駄を履いて天狗のお面を被っているけれど、お面が進化している。上半分と長い鼻だけが付いているお面で、顔の下半分はそのまま見えていた。

 嬉しそうにぶんぶんと手を振りながら近付いてきたお父さんが、私の手をぎゅっと握る。


「ちょっと久しぶりだね。ここじゃゆっくり出来ないから、うちまで来る? 帰りも送ってあげるから」

「うん、そうだね。お面目立つし」

「あ、これわかった? レベルアップしたんだよ〜」


 お面の面積が減ることがレベルアップの証なのだろうか。よくわからないまま頷くと、お父さんが空に向かっておおいと呼びかける。すると強い風が吹いて、巨大な天狗が降ってきた。


「運んでいってくれるって。すずめくん飛ばされないように気を付けてね」

「あ、うん。天狗様、よろしくお願いします」


 お父さんは不審者の範囲でおさまるけど、街中に明らかに人間サイズからかけ離れた天狗がいるのはヤバそうだ。早めに移動した方がいいだろうと頭を下げると、「ぬ」とかがみこんでくれた。

 人が来ないうちに私は天狗の腕に乗り込んで、すずめくんを入れるために両手を合わせて空間を作る。親指側のあけた部分からその中に入ったすずめくんは、手の中で方向転換をして首だけをにゅーと出した。カラスは慣れた様子でお父さんの腕に掴まっている。


 ぐっと一度かがみ込んだ巨大な足が地面を蹴ると、みるみるうちに高度が上がっていく。風と浮遊感に目を瞑っていると、しばらくしてそれが止んだ。ゆっくりと到着したのは前に一度来た天狗のおうちである。

 人間のサイズでは入るのが難しい縁側へと降ろしてもらって、脱いだローファーを端の方へ置いておく。天狗師弟は土間の方から回り込んでいた。縁側から部屋の中へ入ると、器用に飛び上がったお父さんが手を洗うようにと桶を持ってきてくれる。


「今天狗様がお茶とお菓子を用意してくれてるからね。とりあえず座って話そう」

「あ、なんかすいません」

「ぬ」


 倍くらいの大きさのあるお台所では手伝いたくても手伝えないので、大人しく座っておくことにした。仮にも師匠である天狗にお茶の用意をさせて、お面を外したお父さんも私の向かいににこにこと座っている。


「手伝い、しなくていいの?」

「うん。今日はルリちゃんの話をしっかり聞こうと思って。色々、色々あったんだよね?」


 大変なことが、色々と。

 にこにこしているお父さんに圧を感じる。私より、お父さんのほうが言いたいことが沢山ありそうだった。土間の方から、天狗のいかついけれど心配そうな視線がチラチラとこちらへ投げかけられている。ちなみにすずめくんはカラスがどこからか持ってきた胡桃を割ってもらって一緒につついていた。孤立無援。


「えーっと……ちょっと前の話になるんだけど、実はその、何ていうか嫌がらせ的なものに遭ってた時期があって……」


 噂の話、そこから波及した嫌がらせ、さらにストーカーの話と説明を続けていくに連れて、にこにこお父さんが徐々に進化していった。天狗のお見習いさんのはずなのに、なぜか背負ってるオーラが般若に見えるのは気のせいだろうか。これもレベルアップした成果なのだろうか。

 しびれた足を崩すタイミングも掴めずに説明を続ける私に、天狗の巨大な手がそっと人間サイズの湯呑みを横から差し出してくれた。お茶請けが金平糖であるという可愛さも、般若の前ではひとえに風の前の塵に同じである。


 とりあえず大沢くんが異世界へボッシュートされたところまでで話を区切り、お父さんを見上げると、深い、深い溜息を吐かれた。


「ルリちゃん……」

「はい」

「親はね……、子供が危ない目に遭ってるとね……、死んだほうがマシなくらい辛いんだよ……、でももっと辛いのはね、手を貸せる距離にいるのに、いつでも呼んだらすっ飛んでいくのにね、心配すらさせてもらえない状況にいることなんだよ……」


 絞り出すように言われて私の心が罪悪感でぎゅーぎゅーに締め付けられた。

 天狗というのは、気を読むことにも長けているらしい。何か不穏なことがあるのではないかと察したのもあって、文化祭へ様子を見に行きたがったのだそうだ。けれど結局私がいる街はミコト様の守っている地域だし、ミコト様は自分がいるから大丈夫だと言うし、天狗が静観しておけというのでハラハラしながら修行に励んでいたらしい。


 お父さんはまだ見習いなので、不思議な力もそう大きくはなくて出来ることも限られている。それでも助けを求められたら助けに行くことが出来るけれど、私がそれをしなかったのでやきもきしているしかなかったということだった。

 私のことは気になるけれど、パッと助けられる程には力はない。まず修行をして一人前になることが先だと言われて、必死に力をつけようと頑張っていたそうだ。ミコト様が異世界行きの穴を空けたというのはお父さん達も気付いていてめちゃくちゃ心配していたけれど、何も連絡はないし、あれこれしているうちにミコト様の力が全快しているし、どうなっているのだと気になって気になってしょうがなかったとか。


「修行はね、日常的にしていることもあるけど、お山に篭もるとおいそれと出ては来れないしね、もう本当に、ほんっとーに心配してたんだよ」

「ごめんなさい、でも大丈夫だったから、ミコト様もいてくれたし」

「生きてる時も病弱すぎて役に立たなくて、フユちゃんとルリちゃんを守りたい一心でね……。修行もなかなか一筋縄ではいかないし、あれこれしてるうちにフユちゃん倒れちゃって、変な虫が寄り付いて……ルリちゃんが一番辛かっただろうけど、お父さんも胸が張り裂けそうだった」


 死んでからも私達の様子をちょくちょく覗き見していたお父さんは、特にここ数年はずっと心配しどおしだったらしい。一度死んだ身なので、おいそれと人前に姿を現すことは出来ない。幽霊でも天狗でもない中途半端な時期はなおさら、ただ見守るだけしか出来なくて辛かったそうだ。

 お父さんの話を聞いていると、お母さんが倒れてからの自分の無力さを思い出した。何も出来ない、何もしてあげられないという辛さほど苦しいものはない。


「お父さん、心配かけてごめんなさい」

「どんなことでもいいから、何かあったらすぐに相談して欲しい。せっかくまた縁が繋がったんだから、お父さんはルリちゃんを守りたいんだよ」

「うん」


 もう子供じゃないのに、親子で目を潤ませて手を握り合う。視界の端で大きな天狗が目頭を摘んでいるのが見えた。


「もう秘密はなし。わかった?」

「わかった。あ、あのね、それでミコト様とのことなんだけど」


 普通のにこにこに戻っていたお父さんは、光の速さで般若に戻った。というか般若を通り過ぎて、閻魔大王みたいな顔になっていた。






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