しじみしみじみ3
「えー、あのしじみ今日食べちゃうの?」
「そりゃあ食べますよ。そのために砂抜きさせてたのですからね」
私が桶で愛でていたしじみ達は今日が命日になるらしい。飼いたかったのだけれど、しじみは飼うのが難しいそうだ。お屋敷には他にも生き物がたくさんいるので、それで我慢しなさいとすずめくんが冷たく却下する。
今朝ごはんになっていないだけ、私の気持ちを慮ってくれているのかもしれない。今食べているのは、焼きたてのクロワッサンがサクサクした洋風の朝食だった。
「ルリはしじみが好きなのか?」
「好きっていうか……なんかこう、身近に感じるというか」
今日も相変わらず几帳越しのミコト様だけれど、掛けられている衣が輪郭がうっすら見えるくらいの薄いものに変わっていた。薄桃色なのは誰の趣味なのか。
「朝が西洋風であったから、お弁当は和風にしてみたぞ。おにぎりはおこわで、佃煮は何種類かいれておいた。日持ちのするものはまとめて作っておけてよいな」
「ありがとう……」
しじみと乙女のハイブリッドであるミコト様が、袖でテレテレと顔を隠しながらランチバッグを渡してくれる。触った感じからして、また手紙が入っているようだ。
昨日は一日ミコト様と喋ったり遊んだりしていたので少し距離は戻ったようなきがするけれど、まだやっぱり顔は恥ずかしいらしい。面と向かって見れない代わりに手紙を書いているのだと言っていたので、また今日も長い手紙なのだろう。
「気を付けてな、何かあれば呼ぶのだぞ、危ないことはせぬよう」
「はーい」
すずめくんを肩に乗せて行ってきますと歩き出すと、ようやく袖から顔を覗かせたミコト様が見える。今度エプロンでもプレゼントしようかと思いながら、色とりどりの花に囲まれた石畳を歩いた。
主屋の正面両側にある紅白の梅はもちろん、玉砂利が敷いてあった場所も今はお花畑になっている。すべての庭がこうやって足の踏み場もないほどに花が咲き誇っているので、ミコト様がしじみになろうが会話が続かなかろうが私はミコト様の気持ちを疑わずにすんでいるのかもしれない。
すずめくんは沢山花が咲いているせいで邪魔だとプリプリしながらもあちこちに花瓶を置きまくっているし、めじろくんも鳥の姿に戻って蜜を楽しんでいるようだ。お屋敷で働く他のヒト達も嬉しそうだし、ミコト様の調子がいいと皆が嬉しいのだろう。
門が閉まるまで手を振り続けているミコト様に振り返してから、お社を出て学校へ向かう。蝋梅さんは車に乗ってもうスタンバイしていた。挨拶をして、助手席に乗り込む。
大沢くんの一件が終わったことだし、あんまり負担をかけたくないので一度送迎を断ったのだけれど、心配だからと首を振られた。妥協点として、蝋梅さんの大学院の授業がない時間帯のときだけ送ってもらうことになっている。なので朝はちょっと早めに出て送ってもらい、夕方は週に3日ほど寄り道しないときだけお迎えに来てもらうことになった。蝋梅さんは無口だけど可愛い小物とかが好きみたいなので、お礼としてミコト様の仮面作りの材料だったものを流用してブローチを製作中だ。
「あ、蝋梅さん、今日はお迎えナシでお願いします。ちょっと寄り道したいので」
蝋梅さんが心配そうな顔になり、すずめくんがちゅんと鳴いた。
「ちょっとお父さんと会いたいと思って。会えるかな?」
文句を言うようにちゅむちゅむと鳴いていたすずめくんは、それでも教室に着くと開いている窓のサッシに止まり、外に向かってちゅちゅちゅっと鳴き始めた。しばらくすると、カラスが羽音を立てて電線に止まり、それからゆっくりした動作でこっちにやってくる。
膨らんで偉そうな態度のすずめくんにクチバシを近付けてから、私を見上げてカラスがくわゎと鳴いた。
「えっと、天狗様のところのカラス?」
そっと手を出すと、またくわっと鳴きながらも頭を傾げて首の方を手に擦り付けてくる。ワシワシと撫でると、気持ちよさそうに羽を膨らませた。
「今日、もし空いてたらでいいんだけど、お父さんと会いたいなって。伝えといてくれるかな?」
天狗見習いであるお父さんは、どうやってるのかスマホを持っている。なので連絡先も交換してあるんだけど、近頃返信が来ない。修行で忙しいときは返信が遅れると言っていたので忙しいのかもしれないけれど、最近のあれこれだとか、ミコト様のこととか話したい。
「箕坂ー、お前ひとり動物園やめろって言っただろー」
「私のせいじゃ……ないとは言い切れません」
「先生課題出しちゃうぞ」
くわくわと鳴いて黒いつややかなクチバシで私を甘噛みしたカラスは、一応承諾してくれたようだ。担任の先生が入ってきてまた私が怒られるまで撫でられまくってから、再び窓から飛び去っていった。もうクラスでは「箕坂さんって動物好きだよね」みたいな印象が浸透している。もういっそこのキャラで押していこうと思う。




