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しじみしみじみ2

 フォークでパウンドケーキを一口サイズに切って口に運ぶと、ふわんと紅茶のいい香りが口に広がった。しっとりとした生地はくどすぎず、添えられたクリームやブルーベリーのソースと合う。口休めのお茶は薄めの焙じ茶で、これもまたさっぱりと口をリセットしながらもパウンドケーキに合っていた。


「ルリよ、味はどうか? 紅茶は少し煮出したものも混ぜて味が立つようにして、砂糖ではなく蜂蜜を使うて風味を出したのだ。苦味が出ぬよう少し量を減らしたので、甘さが控えめになっておるだろう。ルリがクリームを食べたがっていたとすずめに聞いて、少し乗せた。でもこのクリームは、あの怒ったチーズを混ぜて少しあっさりめにして、ソースは庭のぶるうべりを一旦冷凍して……」


 レシピにアレンジを加えるようにまでなっている。ミコト様の女子力はとどまるところを知らないらしい。そして美味しい。あれこれとミコト様の解説を聞きながら食べると、素朴な見た目のパウンドケーキに込められた手間と工夫が感じられてより味わい深い気がした。


「我ながらソースもよく出来たとは思うが、生の水菓子と食べても合うのではないかと思う。もしよければ試してみるとよい」


 そっと小皿に乗ったみずみずしいブルーベリーを差し出してきたミコト様の手は、美しい曲線を描きながら衣の中へと戻っていく。


「ありがとうございます。お屋敷のブルーベリー、大きくて美味しいですよね」

「めじろとすずめが二株植えよというから植えたが、これは採っても採っても鈴なりに生えておるな」


 お礼を言うとてれてれとしたミコト様、の声が聞こえてくる。声だけである。

 隣を見ても、私が見えるのは美しい刺繍の入った衣のカーテン。ミコト様は私の隣へ几帳越しに座っていた。


「うむ、どうした? もう一切れ食べるか?」

「いえ、ごはんが入らなくなるとすずめくんが怒るので」

「これは簡単であるから、またいつでも作ろう。もう少し甘さを減らしても良いかも知れぬ。膨らみ具合も……」


 嬉しそうに喋っているのは聞こえるけれど、姿は見えない。

 この状態、結構前に体験していた気がする。

 フォークを置いてバサッと几帳の衣を捲ると、向こう側でミコト様が「はわァッ?!」と飛び上がって慌てて袖で顔を隠した。


「何で顔隠すんですか? ねえ?」

「そ……それはその恥ずかしく……やめ、ルリ、やめよ」


 袖もカーテンのように捲ろうとする私と引っ張り合いっこをしているミコト様の、チラ見えする耳が赤い。

 その辺の乙女よりも乙女心を備えているミコト様は、両思いになったと思うとどうしようもなく照れてしまうようだ。そりゃあ私も社会分類上は一応乙女枠なので嬉し恥ずかしな気持ちはあるけれど、ここまで突き抜けられると何も言えない。むしろもっと意地悪して恥ずかしがらせたい。


「もうもう主様もルリさまも食卓でお行儀のわるい! 浮かれるのはよろしいですがきちんと召し上がってからにしてください!」

「あ、ごめんなさい」

「いちゃいちゃしたい時期なのはわかりますけどね! もう、すずめはあちらで頂きます。めじろ、お盆を」


 最初はニマニマしていたはずのすずめくんがぷりぷりしながらパウンドケーキを二皿持って立ち上がってしまった。そのあとに急須と湯呑みを持っためじろくんが続いていく。まあまああらあらと白梅さん紅梅さんも紅いお盆を持って同じように別方向へと歩き出してしまった。

 人前でいちゃついた扱いをされてみると、かなり恥ずかしい。すっと姿勢を正して、再びパウンドケーキを口に入れる。どんな状況でも美味しいケーキは美味しい。


「まさか私がバカップルのようにいちゃつくことになるなんて」

「ばかぷるとは」

「電車とかで見るたびにああはなるまいと思っていたのに……」

「ルリよ、ばかぷるとは何ぞ」


 相変わらず顔を袖で隠しながら聞いてくるミコト様は、几帳の向こうにしまっておくことにした。


「大体何で今さらこんなにしじみってるんですか?」

「しじみ……?」

「手を繋いだりしてたのに。一緒に寝たり、おフロにも一緒に入った仲なのに」

「ふんンンン……ッ! そ、それはその、あれではないか!」

「どれ?」


 ミコト様がパウンドケーキで喉を詰まらせたらしい音が聞こえてきたので、湯呑みに焙じ茶を足した。それを一気に飲み干したミコト様が、あれはその緊急事態で、とか慌てながら言っている。


「そもそもルリよ、あ、あんなことをしておいて、へ、平然としておったではないか。どうせ私のことを犬かなにかとしか思っていなかったであろう」

「まぁ……はい。なんか毛並みの良いボルゾイみたいな」

「あなや!」


 自分で言っておいて肯定されてダメージを受けている。嘆いているので、几帳の衣の向こうに腕を入れて手探りに慰めてみた。


「でも今はボルゾイとは思ってませんよ」

「る、ルリ……!」


 伸ばした指を動かしていると、ミコト様がきゅっとそれを握った。温かくて大きい手が私の手を覆っているのがわかる。


「その、男らしくないとはわかっているが、その、嬉しくて……ルリのことを考えるだけでも身の内から湧き上がるものがあるのに、そなたのかんばせを眺めては、もう今はどうなるか」

「わかりました。しばらくしじみっててください」


 完全回復した力のある神様であるミコト様なので、あんまり暴走されるとお屋敷が光の暴力に曝されかねない。今でさえ、屋敷の庭中にやたらと花が咲きまくっているというのに。いきなりお屋敷が金閣寺ばりの輝きに満ちないためにも、ミコト様にはこの状況に少しずつ慣れてもらうほうが良いようだ。


「その、ルリのことを想うておるのは変わらぬ」

「わかってますよ」


 きゅっと手を握り返すと、ミコト様が嬉しそうにふふと笑うのが聞こえた。

 まあ、いきなりガツガツ来られるよりは手を握って満足するくらいのほうが私も安心かもしれない。






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