しじみしみじみ1
一夜明けて。
「あ、おはようございます、ミコト様」
「お、あ、お……おはよう……ルリよ……」
朝食を食べに行く途中の廊下でばったり出会ったミコト様に声を掛けると、みるみるうちに茹だったミコト様が、ずりずりとすり足で後退し、手近な部屋に入ったかと思うとスーッと襖を閉めた。1センチくらいの隙間からこっちを見ている目が見える。
「……朝ごはん、行かないんですか?」
「いや、うむ、行く。行くが……先を歩いてくれぬか」
もじょもじょと喋ったミコト様が動きそうにないので、襖を気にしつつも歩き出す。数歩歩いたところで振り向くと、廊下に出ようとしていたミコト様がぴゃっと引っ込んだ。待っていると、そぉっと赤い顔がこっちを覗いては、何か呻いて引っ込む。
歩き出すと後ろから控えめな足音がついてくるし、一生懸命天気のことなどを喋っているけれど、振り向くとその辺の屏風や几帳に隠れてしまった。
「ミコト様のしじみ化が激しい……」
昨日、かなりなりふり構わずに告白してきたミコト様によって無事私たちは両思いとなった。ぐしぐしと泣いているミコト様を宥めて泣き止ませ、めじろくんが柔らかティッシュを差し出して、皆が押し寄せてきておめでとうおめでとうの合唱となり、またミコト様が目をうるうるさせて後はもうお決まりの大宴会へと突入という流れである。がばがばと祝い酒を注がれまくったミコト様はいつもより緩んだ顔でにへにへ笑いながら宴会を見守っていたけれど、私はお酒くささであんまり近寄らず、眠くなってきたら普通にオフロに入って寝た。
一晩経ってお酒も抜け、今頃ミコト様は恥ずかしくなってきたようだ。私が見るたびに顔を赤くしながらどこかへ身を隠している。
桶の中にいる黒い貝は、じっと眺めていると白いデロンとしたものを隙間から出して、時々水を飛ばしている。上に掛けられた手拭いを捲って眺めていると、地味なのに飽きがこない生き物だった。
本物のしじみは茹でると貝殻を開けるけれど、ミコト様はどうすれば良いのだろうか。
「ル……ルリ……ルリよ……その、お、おやつの希望はあるか、今日はその、な、何か焼き物に挑戦しようかと」
「なんでも良いですよ」
「では、ぱんどけえきにしよう。その、出来上がったらその……わ、私と、私とともに……食べてくれると嬉しいっ」
しゃがんでしじみを観察する私を戸の隙間から観察していたミコト様が、そっと言葉を投げてから歩いて行く。私が厨にいるので、キッチンでおやつを作るつもりなのだろう。もともとお屋敷にあったここは巨大な竈や鍋が置いてある場所なので、スケールやオーブンの置いてあるキッチンの方がお菓子作りに向いているのは確かだ。
振り向くと、そっと台の上に手紙と花が置かれている。くるくると縦に折って更に外側を紙で巻いた、マンガとかの挑戦状的なタイプの手紙である。一緒に置かれている花はラナンキュラスで、珍しい赤色だった。優しい色合いのものも可愛くて好きだけれど、きっぱり赤いものも可愛い。
相変わらず読めない文字がつらつら書かれている厚い手紙を貰うのも、昨日の今日で三度目である。いつ書いているのか、そしてよく書くことがあるなというくらい頻繁だ。ミコト様は筆まめである。ブログとかやったらハマるタイプかもしれない。
どうせなら直接顔を合わせて言葉にしてくれればいいのに。小さく息を吐くと、同意するようにしじみが水をぴゅうと飛ばした。




