こいのたより2
「主様、ルリさまをお連れしました」
「うむ! うむ。すずめは下がってよい」
ミコト様へ、「内容が全く読めなかったので何を書いてあったのかヒマなときに教えてください」的なことを書いて手紙を送ったのが昨日のお昼。返事はソッコーで返ってきて、めじろくんが「では明日のお昼過ぎ頃に」と教えてくれた。
「ルリ、よく来たな。茶など飲むか? 菓子もあるぞ。正座するための椅子というのを用意させてみたが、足は痛くないか? 風は冷たくないか?」
「あ、色々と大丈夫です」
よく来たといっても、先程まで主屋の広間でおにぎりを皆で食べていたのでそのまま食休みをして来ただけである。ミコト様があれこれ気遣ってくれるたびに、めじろくんが手足のようにテキパキ動いてお茶だの正座椅子だのと私に差し出していた。
今日は最初にミコト様と挨拶をした時の大きな部屋だけれど、私は御簾の中に入っている。しかし、相変わらず私とミコト様の間には立派な屏風がでーんと置かれていた。今日は桜の木が描かれた屏風で、絵なのにちらちらと桜吹雪が舞っている。転がって勝手に付いてきていた鞠がコロコロとそのそばに寄ってしばらくウロウロしてから、屏風の向こう側へと転がっていった。
「そ、その、私の文が届いたようで、その、ルリからも返事を貰えて嬉しく思う。私は歌は巧くはないが、あれはこころから詠めたと思えて……その……」
「ん? あの、手紙にも書いたんですけど、私、あの貰ったやつ、読めなくて……それで今日内容を教えてもらおうと……?」
「そうだったのか?! すまぬ、実は私もルリのものをまだきちんと読めていなくて……」
「えっ」
私の近くにいためじろくんが、「主様は横書きに慣れていませんので」と教えてくれた。
昨日、着替えに行った時にカバンに入っていたレポート用紙とペンを見付けたので、筆で失敗するより伝わりやすいだろうとそれで書いたのだが逆効果だったらしい。
お互いに読めない手紙を送り合っていたとは笑える。
「今日来ても良いって言ってくれたのでてっきり読んだのかと」
「ルリさまがめじろに手紙を渡す時、会いに行く日時を手紙で訊いてるから決まったら教えに来て欲しいとおっしゃいましたのでそうお伝えしたのです」
「あそうだっけ」
「今様の書き言葉も漫画で学んでる途中なので、主様には少し難しかったようです」
「そうなんだ、割と変な言葉遣いとかしちゃったかも。ごめんなさい」
「ルリが謝ることなどひとつもないぞ!! 文を返してくれただけでも嬉しく……嬉しくて私は」
分厚くて大きい屏風が間にある筈なのに、なぜかミコト様がもじもじしている様子が目に浮かぶ。
なんだろう、この人たぶん私より乙女っぽいところがあると思う。
「その……文を送るなどしばらくしていなかったもので、しかも枝にくくるなどと初めてのことで……ルリがどう思うかと……」
「あ、そうだ内容がわからなかったので会って教えてくださいって手紙に書いてたんですよ」
「ぬぇええ!! そ、そ! で、出来ぬ! 口に出すなどそんな!!」
屏風の向こうがガタガタして、鞠が転がってこっち側に逃げてきた。
何を書いたんだろうか。
「いや、読めなくて、誰かに読んでもらうのもアレだったので」
「そ、そうかもしれぬが、その、あれは夜半に書いたというのもあって、その思い出すだけでも恥ずかしさが上るというか……」
「でもこのままだと内容への返事も出来ませんけど」
「うぅ……か、構わぬ。もとは私がただ歌を詠みたいと思っただけであって、その、内容はその、まだ知らないなら知らないで! ルリは受け取ってくれるだけで私は!」
「はぁ」
送るだけで読まれなくても良いというのは手紙の意味が無いと思うけれど、ミコト様はそれでいいらしい。
そして私はここで歌についての勘違いに気付いた。歌は歌でも短歌だった。そうだよね、ミコト様がマンドリンとか弾き語りするわけないよね。ますますわからないけど、理解や返事は求められていないようなのでとりあえずは安心だ。
「じゃああの手紙は貰っとくだけにしますね」
「その! ルリが嫌でないならこの先も送ってもよいだろうか?」
「え? 手紙を?」
「手紙をだ」
「読めないのに?」
「かまわぬ」
「私は別にいいですけど……」
「そうか! よかった!」
それはじゃあわざわざ渡さなくても同じなのでは、と言うのはやめておいた。ミコト様がもじもじ喜んでいるみたいだったので。
心なしか、隣りにいるめじろくんがつまんなそうな顔で外を眺めていた。