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やや乱れて妖精9

 ゆっくり着替えをして待たせてみようと思ったけれど、朝ごはんのいい匂いが漂ってきていたので急いで着替えて大広間の方へと向かった。ワイワイとおひつを回したりお茶を入れたり騒がしかった大広間は、私が入るといきなりしんと静かになった。上座では顔を赤くしたミコト様がキョトキョトと挙動不審に座っていて、むしろ私が冷静になるくらいの慌てっぷりである。その他の人達は、私とミコト様を不自然にならない程度に見比べながら息を詰めて成り行きを見守っていた。

 やりづらい。


「ルリさま、おはようございます! 納豆は山芋入れたのとおこうこ入れたの、どっちがいいですか?」

「山芋で」

「すずめがお汁物を取ってきますから、お座りになっていてください。白梅、ごはんをお盛りして」

「はぁい」


 白梅さんがにこにことお茶碗にごはんをついで、紅梅さんがにこにことおかずの蓋をとっていく。


「今日は小鯛の塩焼きよ、ルリさま」

「朝から……?」

「春菊のおひたしもあるわ、ルリさま」


 頼んでもいないのにあれやこれやと説明をしてくる2人に挟まれて身動きが取れない。左側、私から見て直角になるように座ったミコト様は視界の端で「は……!」「ぬ……!」「ル……!」とか言いながら不思議な動きを繰り返していた。

 すずめくんがお味噌汁を持って戻ってきてお膳が整うとそれぞれの席に座って静かに食事が始まったけれど、ミコト様はいつもなら考えられないほどカチコチな動きで食事をしていて、めじろくんが静かに零れそうなお椀や鉢物などを取り上げては食べやすいように並べていた。


「ルリさまっお味はいかがですか?」

「美味しい。朝から鯛とかびっくりするけど」

「主様がお焼きになったんですよ。ねっ主様!」


 ミコト様の方を見ると、こっちを見ていた目線とかち合う。今日は春っぽい色の組み合わせの装束を着ていて、髪の毛は三つ編みにして下ろしていた。涼し気な目は見開いて、形よく薄めの唇はごはんを飲み込んで少し力が入っていたけれど、そんなことで薄まるイケメン度ではないのがすごいところだ。綺麗だ綺麗だと思っていた顔も、こうして改めて見ているとかっこよく感じる。ときめくようにも感じる。


 目が合ったミコト様は石のように固まって、それからジワジワと真っ赤になり、あ、とか、う、とか言いながらぎくしゃくと頭を上下させた。からくり人形のようである。

 さっきは部屋まで呼びに来ていたくせに、いざ顔を合わせるとなるとどんな顔をして良いのかわからなくなったのかもしれない。相手が余裕をなくしているとなぜだか冷静になれるのでいいけれど、この私達を囲む生ぬるいかつ緊迫した目線が息苦しかった。


 もう早く食べてどこかへ避難しよう。

 あれこれと問い掛けをしてはミコト様に会話を繋ごうとするすずめくんの話に頭を動かしながらも黙々と食べる。ピンク色で跳ねるような形に焼かれた鯛は、皮はパリパリ中はほくほくしていてとても美味しかった。山芋入りの納豆もわさび醤油が効いていてねばねば美味しく、お味噌汁はサッと火の通った大根の葉ときちんと煮込まれた根っこの歯ごたえが良かった。


「ご、ごちそうさまでした。お先に」

「はァう……ッ」


 何か聞こえたけど、お膳を持って早めに洗い場へと向かう。大広間から出ると、後ろからすずめくんやめじろくんが何やらミコト様に文句を言っているのが聞こえてきた。

 急いで食べて辛いお腹を抱えつつ食器を洗って乾かすと、つっかけを履いて常春の中庭へと出る。ミコト様のことだから、そのうち来るはずだ。


 あんまり歩き回っていると鯉が濁点多めの鳴き声を上げてビタビタついてくるので、池の近くの大きな石に腰掛けて待つことにした。ぷらんと足を揺らすと、風に乗ってひらひらと舞い落ちてくる桜の花びらがつま先に当たって水面へと落ち、ガバァと鯉の口が水ごと飲み込んだ。太陽の光が暖かく、色とりどりの花がそれを浴びて光っている。


 ここはいつでも美しくて、穏やかな気持になれる場所だった。それなのに、いつミコト様がここへ来るだろうと思うと何だか居心地が悪い。うっかり告白してしまったせいで顔を合わせるのが気まずいし、何を言えば良いのかわからない。ミコト様のことを考えると前は安心した気持ちになっていて、今はそれに加えて恥ずかしいような嬉しいような気持ちになるけれど、今の関係が変わってしまう怖さもある。


「言わなきゃ良かったかな……」


 もう少し気持ちが育ってからであれば、もう少し大人になってからであれば、距離が縮んでから言えばまた違ったのかもしれない。

 ついそう愚痴ると、風がまた吹いて桜の花びらが視界を塞ぐように降り注いでくる。頭や顔に当たった花びらを落とすように首を振ってから目を開けると、この世の終わりみたいな顔をしたミコト様が立っていた。






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