やや乱れて妖精8
ニマニマしている。
すずめくんと白梅さんと紅梅さんがニマニマしている。
「……おやすみ」
「あれあれルリさま、もうお休みなさいますか? もう少し起きて待っていては?」
「そうそう、主様がお帰りになるかもしれないわ」
「きっと急いで帰ってくるわ」
チクったな、すずめくん。
恨みを込めてほっぺをプニプニしまくったあと、私はニマニマから逃れるようにそそくさと自室に戻って寝ることにした。夜になって庭に面している廊下は戸で閉められているけれど、その隙間から時折低い音がする。
友達とのおしゃべりから帰ると、お屋敷の天気が雷になっていた。晴れなのに、ゴロゴロピシャーンとたまに光っては雹とかが降ってくる。日が暮れてもその天気はそうそう変わらないままだ。じっとしていると結構うるさく感じるので早くどうにかして欲しいけれど、ミコト様が帰ってくると大変気まずいのでこのままでもいい気がする。
明日は土曜日、学校は休みである。
平日であれば使える逃亡手段がないので、ミコト様が帰ってきてしまえばほぼ確実に顔を合わせることになるのだ。キッチンでおかずを詰めて持ってきて籠城すればよかったと今更に後悔した。それでもトイレは出なくちゃいけないし、どっちにしろだめか。
溜息を吐いて、御帳台の中に敷いてある布団の中に潜り込む。入り口の布も下ろしてしまうと音が少し遠くなった。延長コードで伸ばされた電源でスマホを充電しつつ少しネットをして、眠くなってきたらそのまま目を瞑った。
出来たら今日もミコト様が忙しくて、しばらく帰ってきませんように。
しかし残念ながら、神様はその願いを聞き届けてはくれなかった。
「ルリ……ルリや、起きておるか、ルリ……」
朝起きても部屋を出る気になれず、ぐだぐだと布団の中で時間を潰していると、とすとすと襖を叩く音がした。つい動きを止めて息を潜めていると、ルリやと小さい囁き声が、しかし粘り強くこちらに投げかけられ続けている。
部屋の箱の中でじっと寝ていた鞠がコロコロと転がって御帳台の中に入り込んできたのを抱え込んでしばらく寝たふりを決め込むことにするけれど、相手もなかなかしぶとい。
「ルリや……顔を見せてはくれぬか。その、は、話を……ルリの好きなぷりんもあるぞ、朝は何がよいか? どうか応えてはくれぬか? ルリ、ルリよ」
弱い力でとすとす叩きながら、あれこれと私をおびき寄せようとミコト様が喋っている。やれ明太子の入った厚焼き玉子にしようかだの、ぱいしーとがあるからひき肉のぱいを作ろうかだの、愛らしい土産を見つけたので買うてきたぞだのと言っては出てくるようにと懇願していた。
「ルリ……その、そ、その、そのあの、き、昨日の……そのアレのことをその」
もじもじしながら顔を赤くしているのが目に浮かびそうなほどもぐもぐと口籠っては、とすとすと襖を叩く。そんなところで恥じらわれたらこっちも恥ずかしいし、気まずすぎて出ていけない。もう寝てるのだと勘違いしてとりあえず部屋から離れてくれないだろうかとじっと音を立てずにいるのに、ミコト様は中々動こうとしないままだった。
「ルリや……み、水桶を持ってこようか、それとも着替えに梅を呼ぼうか、出てきておくれ」
黙って聞いてて気付いたけれど、これ、ミコト様私起きてるの気付いてないか。
暗い御帳台の中を見上げていた目がつい胡乱なものになる。
ミコト様のご神力で作り上げられたお屋敷なので、この中のことは大体わかるようになっているのだ。
「……覗きとか最低の犯罪ですよ」
「のっ、の、覗きなどしておらぬ……!! あっ、いや、その、その、見、見てはおらぬ……!」
御帳台の外に聞こえないくらいの小ささで呟いたのに返事が来た。
もういっそ、私の頭の中も覗けばいいのに。そしたら正拳突きを繰り出したい気持ちも伝わるだろうに。
「着替えとかするんで主屋に行ってください。覗いたらめちゃくちゃ怒ります。殴ります。刀で」
「す、すぐに!」
ドタドタと騒がしい足音が小さくなっていくのを聞きながら、私は大きな溜息を絞り出して体を起こした。
何だか恥ずかしいとか気まずいとか思っていたのが馬鹿みたいに思えてきた。そういう意味ではミコト様の思惑通りになっているかもしれない。
「ミコト様め……」
今度お父さんにあったら、覗かれたと報告しよう。天狗のお面が般若になるかもしれない。




