やや乱れて妖精6
「うーん……」
手紙って、何を書けばいいのか。
しばらく顔を見ていないミコト様に何か書こうと思ったはいいものの、いざとなると話題がない。
今日は何を食べたというのは、お屋敷の献立なのでミコト様も知っているだろうし、何をしたというのも大体高校に行くことしかやっていない。別に変わった出来事もないし、皆もいつも通り元気にしている。逆に今何してますかと聞くのも大体仕事か宴会なのだろうし、めじろくんとすずめくんはお互いに連絡を取り合っているので本当に知りたければそこ経由の方が早くて正確だろう。
手紙に無駄な点描を繰り返し、寝っ転がってゴロゴロと唸り、近付いてきた鞠を抱えてしばらく遊ぶ。
ミコト様へ。いつもごはんとおやつおいしいです。
一時間悩んで出てきたのがこの一文だけだった。効率悪い。
ミコト様からの手紙はずっと最初の方から定期的に貰っていて、私も何通か返事を出したこともあるけれど、そもそもミコト様の文字を私が読めないのもあって返事というよりは当たり障りないような日々の報告になっていた。今は本もスラスラ読んでいるらしいのでそうでもないようだけれど、ミコト様も私の横書きに苦労していたようだったので、なんとなく遠慮とめんどくささで手紙を書かなくなったのだ。伝えたい事があれば直接喋ったほうが簡単で早く済むからである。
今までにこれだけミコト様と顔を合わせることのない時間はなかったからか、どことなくモヤモヤしたものが心を曇らせている気がする。この状態で無理やり文章をひねり出しても、何だか読んだ方を嫌な気持ちにさせるようなものになりそうだというのもペンが進まない理由かもしれなかった。
「ルリさまー。ごはんの準備ができましたよー」
「はーい」
すずめくんが呼んでいる声が聞こえてきたのをいいことに、私は手紙を諦めた。ペンを置いてそのままいい匂いのする大広間の方へ行く。温めた里芋の煮物がいい匂いになっていたけれど、今日もミコト様はいなかった。
テストの日程が迫ってくると、なんだか問答無用にだるい気持ちになる気がする。
普段より少し早いアラームで起きて、今日提出のノートをまとめてから身支度をする。朝食の時間には少し早いけれどお腹が空いてきたので、何かおやつでも残っていないかとキッチンに忍び込むことにした。
廊下を歩いているといい匂いが漂っていて、もうご飯の準備をしているらしい。すずめくんだったらまた小言を貰いそうだなと思いながら近付くと、ふんわりとごはん系ではないいい匂いがした。足を速めてドアを勢い良く開けると、ミコト様がこっちを向いていて目が合った瞬間にパーッと笑顔になる。
なんか眩しい。
「ミコト様」
「ルリ! ルリよ、久しく……もう起きたのか? ああ、朝餉はまだなのだが、何か用意しよう、ささこちらへ」
髪をゆるくひとつ結びにしてエプロンをしたミコト様が、いそいそと私をテーブルへと案内し、汁物を作っている間に小盛りのごはんにおひたし、お漬物を出して冷凍庫から出した何かをレンジに入れた。賑やかなテーブルの上では私のお弁当作りの真っ最中だったようで、そこからも厚焼き玉子の切れ端やらしぐれ煮やらが取り分けられる。
「焙じ茶でよいか? パンにするか?」
「いや、そんなには」
「そうか、水菓子もあるぞ、今日はパンなんとかいう白いぷりんも作ってな、今冷やしてある」
朝も早くから色々料理をしていたようだった。ニコニコと私を気にかけながらもせっせとお弁当におかずを詰めている姿は、もはや女子力を超えて主婦に近い気がする。隣町の神様とお弁当の相談とかしていそうだ。
鞠麩の浮いたおすましを飲んで、厚焼き玉子を食べるとじわっと体が温かくなった。
「ここへは帰っては来ていたのだが、何分時間が不規則で……寝ているルリを起こすのも忍びなく……すずめからは元気であったと聞いていたが、何も変わりはないか?」
お漬物をかじりながら頷くと、ミコト様もうんうんと嬉しそうに頷いている。
「何か困ったことがあればどんなものであれ言うとよい。あちこちと引っ張り出されて忙しいが、まあ物珍しく思われておるのだろう。そのうちにおさまるであろうし……そうだ、土産を買うていたのだ。直接渡そうと思って……めじろがたぶれっとで絵を撮れるというから宴会を撮ろうと思うたのだが、何やら壊してしまってな……」
ミコト様は嬉しそうに、会えない間のことをたくさん喋っている。やれ大昔の友が乱入してきただの、目上のお方が特別なナントカを用意してくださっていただの、帰ろうと思ったら問題が起きて足止めされただの、その合間合間にちょいちょい私に会いたかっただの寂しかっただのと挟みつつも、中々充実した日々を送っていたようだ。
美味しい味付けを口に入れながら黙って聞いていると、ミコト様が嬉しそうに眺めてくる。美味しいか? と訊かれて頷くと、ますます嬉しそうにニコーッと笑った。
「ルリが美味しいと思うてくれるかと、帰ってきてはあれこれ作っていたのだ。お弁当を作るのも楽しかったが、こうして食べるところを見るとますます嬉しく思う」
ミコト様はそう言いながらきちんと色合いも考慮されて作られたお弁当にそっと蓋をして、布で包んでからランチバッグに入れた。それから少し恥ずかしそうに手紙も入れながら、ニコニコとそれを私の前に置いた。
ごはんを食べ終えて焙じ茶をすすった私を満足そうに目を細めて眺めて、それから口を開く。
「ルリが口に入れるのだと思うと、他の誰にも作らせたくはないと思うたのだ。自ら作ったもので相手を満たせるのだと思うと、料理というのはとても良いものだな」
その嬉しそうな顔を見ていて、唐突にひらめいた。
ひらめいたというか、腑に落ちた。そのすっきり感が、そのまま口からこぼれ出る。
「私、ミコト様のこと好き」
嬉しそうだったミコト様の目と口が、ゆっくりとまんまるになっていった。




