やや乱れて妖精5
「ルリさま、ここ、潰してしまいました」
不健康なほど肌の白い男の子が、しゅんと黒髪の頭を俯けながら手を差し出す。その上には、皮を剥くのに失敗したビワが載っていた。
「まだ食べられるから大丈夫。このおしりの部分から摘んで剥いていくといいよ。ゆっくり」
「ゆっくり……」
赤い目を真剣に果物に注いでいるのは、最近ようやく人間の姿で安定していられるようになったヘビの子である。庭に生えたビワの木の下、庭石に2人で座ってちまちまとおやつを食べていた。
ミコト様のご神力が増えたお陰で力を溜めやすくなったというヘビの子は、元の白蛇姿だとすずめくん達が毛嫌いすることもあって、人の姿を保てるようになって嬉しそうだった。行動範囲も広がって庭を歩いているところをよく見かけるようになったので果物をあげてみたら気に入ったらしい。
「ゆびをつかうことはとてもむつかしいです」
「慣れたら便利だよ。もう1個食べる?」
「いただきます」
みかんやあけびも取ってあるので、食べ方を教える。ヘビのときは生き物を丸呑みするくらいしかしていないので、色んな味や食感の食べ物が楽しいようだ。すずめくん達から得た知識をあれこれと受け売りしながら、食べ方を教えている。未だにミコト様が留守な日々が続いているので、暇で暇でしょうがないのだ。
「たくさんのたべものをひとはたべるのですね」
「色んな栄養素があるし、料理も美味しいからねー」
「くだものもおやさいもそのままたべるのに、おにくはなぜやくのですか?」
「え? えーっと、お腹壊さないようにかな」
ミコト様がいないのに私一人でジオラマを作る気持ちにもなれないし、すずめくんはお屋敷のあれこれに忙しい。なので私は庭で鯉にエサをあげたり、こうしてヘビと遊ぶくらいしかやることがないのだ。
「おさみしいですか?」
みかんの皮の中に剥いたビワの皮を入れてぼんやりしていると、ヘビが心配そうに首を傾げた。手をベタベタにしているけれどほっぺが膨らんでいたので、無事に食べられたらしい。
「うーん、寂しいかも」
「これほどおちからがおにわにみちていますから、げんきでいらっしゃいますよ」
「そうだろうけど、もう何日も顔見てないんだよね」
今までいやというほど毎日顔を突き合わせていたというのに、もはや顔を忘れそうだ。いや、あんなにインパクトの強い顔はそうそう忘れようがないけれど。
お屋敷で働いている人たちも最初は宴会気分が抜けずに賑やかだったけれど、こうもミコト様の不在が続いて流石に寂しそうである。そのせいかお屋敷はいつも以上に静まり返っていた。
「なにかおつくりになって、ぷれぜんとされてはいかがですか?」
「うーん、もう仮面もいらなくなっちゃったしなあ……」
ミコト様に何かプレゼントできれば、きっと喜んで帰ってきてお礼を言ったり、いつもの十倍手紙が長くなったりするだろう。
「そういえば、ミコト様が煮物作ってったみたいよ。里芋とタコのやつ。食べる?」
嬉しそうにこくこくと頷いたヘビは、ミコト様の手料理も大好物になった。小さな梅鉢に煮物をチンして、お箸はまだ使えないのでフォークを渡す。ミコト様の手料理もパワーがいっぱい入っているそうだ。修行がはかどりますととても嬉しそうに食べているけれど、大丈夫なのだろうか。私、手料理を食べ続けてても。何か特殊な能力に目覚めたりして。
お腹いっぱいになったらしいヘビと別れて、自分の部屋に戻る。
チリひとつ落ちていない綺麗な床にごろんと寝転がってしばらく悩んでから起き上がって、それから紙とペンを取り出した。




