やや乱れて妖精4
「ここ、パンケーキもいいけどおかず系も美味しいわよ〜今度食べてみて!」
髪を1つにまとめ、ジーンズにチュニックをあわせた姿でオススメメニューを教えてくれる姿はどこからどう見ても普通の主婦である。周囲に馴染みすぎているこの人が、すぐ近くにある大きな神社の神様だとは誰が思うだろうか。鬼の子だという小さな男の子も、はしゃぎ疲れて眠くなっている可愛い子にしかみえない。
「これから食べるところ? もしよかったらちょっとお話しない?」
「あ、はい、どうぞ座ってください」
「すずめ、席を移りますね!」
「あーっ、やーくんがすずめくんと座るーっ」
向かい合うソファ席の反対側から私の隣へすずめくんがぴょんと移動すると、眠たげにしていた男の子がそれに抱き着くようにして座る。神様がヤダごめんなさいと止めようとしていたけれど、中身はどうであれ小さい男の子がぎゅーぎゅーになっているのは楽しそうなのでそのままにすることにした。
店員さんにお願いして、神様と男の子の分のジュースとパンケーキを移動させてもらう。その頼み方も手慣れていて、随分主婦業が板についていると感じてしまった。
「まずおめでとうとありがとうって言わせてね。ミコト様にはお祝い送ったんだけど、ルリちゃんのおかげだって言ってたから」
「いえ、私ほんとに何もしてないので」
「あらっ、でも傷を治す気にさせたんでしょう? 十分すごいことよ」
「そうですっルリさまがおらねば主様の傷は治りませんでした! ルリさまはえむぶいぴいです!」
すずめくんがドヤ顔で自慢をするので、とりあえずパンケーキに乗っているフルーツを上げて静かにしていてもらう。
「月のアレもよく見つけたわねえ。言っといてなんだけど、もう存在しないかもって思ってたのよ」
「あれは完全にたまたまというか、その、クラスの友達にちょっと……人間じゃないタイプの人がいて」
悪魔がいると言ってしまっていいものだろうかと言葉を濁していると、大丈夫よぉと神様が手を動かした。
「うちの子だって角生えてるしねえ。案外街中にヒトでない者っているもんだから。私らにバレないくらい変装が上手いのは少ないけどね」
「そうなんですか……」
どうしよう、クラスにも他にノビくんみたいなのがいたら。
あっけらかんと笑う神様は、悪さをしなけりゃどんなのでも一緒に暮らせるし、逆に迷惑をかけてくるのなら人でも怒ると言っていた。世の中こういう考えの人ばかりだと、差別という概念が無くなりそうだ。
「その……神様もわかったんですか? ミコト様の傷が治ったときのこと」
「あったりまえよ〜。力のある神ならどこにいたって何かあったって気付いたでしょうね。ミコト様はそれだけお力の強い人だから」
パンケーキを食べるようなカフェで神様と口に出すのは結構勇気がいる。女性に人気のカフェらしく喋り声が絶えないせいで聞こえにくいし、テーブル同士が離れているので注目されてはいないようで安心した。
「それより穴開けちゃったときの方がびっくりしちゃったわ。ブラックホールが地球に到達したのかと思っちゃった。丁度この子が宇宙の本にハマっててねー」
月の妙薬を使う前に、ミコト様が大沢くんを異世界に移動させたときのことを言っているのだろう。力のある者が空間を歪めるというのはままあることらしいけれど、流石に穴を開けるということは珍しいらしい。ミコト様とこの神様の護る地域は隣り合っているということもあって、何が起こったのかとびっくりしたと笑っていた。
そこらの実力では出来ることではないと言われて、やっぱあれなんかすごいやつなのかと実感する。
「でもあんなの出来たってことはほぼ穢れは癒えてたのねー。薬がなくても時間の問題だったかも」
「あ、やっぱりそうなんですか」
「ほらもともと私達って無敵なとこあるから。病は気からって言葉そのままなのよね」
今ミコト様が絶好調なのも、傷が治った喜びの分力が強くなっているから。だから常におだてて褒めておくとより強くなるわよ〜と神様は言った。これ以上強くなってどうするというのだろうか。あんまり褒めすぎないようにしようとこっそり思う。
話をしているのが退屈だったのか、鬼の子はすずめくんに抱き着くようにしてうとうとしていた。すずめくんもパンケーキを食べ続けてはいるけれど、時々撫でているのでまんざらでもないようだ。
「あの、夏祭りのときに、男の子に注意してって言ってくれてましたよね。あれって大沢くん……私に危害を加えようとしていた子のことですか? それとも、悪魔のノビくんのことだったんでしょうか?」
文化祭の準備で同じ班になっていたメンバーのことは、ミコト様もご神力で覗き見をして知っていたはずだった。だけど一般的な心配は別として、危険だから近寄るなということは特に言われなかった。ノビくんは人間生活が長くて見破れないレベルだったらしいので大沢くんのことを指していたのだとは思うけれど、それでもあの時に見破れるものなのかよくわからなかったのだ。
「あー、あれね。その危害を加えようとした子の方。悪魔はわかんなかったしねえ。でも別に私も変な術の気配とか探ったわけじゃないのよ」
「えっそうなんですか? じゃあなんで?」
「勘よ、勘。女の子に何かイヤ〜な視線向けてる男っているでしょ。大体ろくでもないのよねえ。勘違い男とか、DV気質だったり」
別に神様特有の力で見抜いていたとかではなく、ただ単に私に執着してそうだなと思って言ってくれただけらしい。神社は神様の力が満ちているし、私にはミコト様の印が付いていたのでちょっと様子を見ていたのだけれど、そのときに大沢くんが私を見る目に何かピンとくるものがあったのだそうだ。
案外普通の理由にちょっと拍子抜けしたけれど、そもそも私はそういうことすらも勘付いていなかった。人間と一緒に暮らしていて人をよく見ていたからこそピンときたのかもしれない。私ももう少し人を見る目を養わなければと思う。
「神様に喧嘩売るなんて命知らずだけど、何か大変だったみたいねえ。ルリちゃんも年頃なんだから気を付けて。同年代とか先生だからとかそういうので気を許しちゃダメだからね、女の子は!」
「はい……」
しっかりと言い聞かせようとする神様は、私のお母さんを思い出させる話し方だった。心配して注意してくれているのだと伝わってきて、懐かしくて切ないような嬉しいような気分になってしまう。ミコト様とはまた違ったホッとする空気を持っているので、神社にいた沢山の動物や妖怪が神様を慕っていたのがわかる。
「ミコト様もいい人だけど長い間ヒッキーだったし女同士でしか言いにくいこともあるだろうから、もし何かあったら遠慮せずに相談してね」
「ありがとうございます」
交換しときましょとスマホを巧みに操る姿は、確かに電子機器を恐る恐る触るミコト様とは対照的だ。名前欄をなんて登録するか迷いながらも神様とアドレスを交換する。
しばらくあれこれとニュースや噂話に花を咲かせ、日が暮れてきたのでお社のところまで送ってもらった。
ちなみに隣町の神様は、ワゴンを運転していた。すごい。




