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やや乱れて妖精1

「はい、ルリ。今日もルリの好物が入っておるぞ」


 平安装束の袖をまとめ、エプロンをしてニコニコとミコト様がお弁当を差し出した。


「今日の夕食は和食と洋食、どちらがよいか?」

「……和食で」

「うむ、今日は柚子湯にするから、早く帰ってくるとよい。すずめよ、しっかりとルリを護るのだぞ」


 前髪が、リボンが、と甲斐甲斐しく私の身繕いをして、ミコト様がニコニコ笑いながら手を振る。それに応じながら肩に乗ったスズメ姿のすずめくんと一緒に門をくぐり、おんぼろなお社から出て蝋梅さんの車に乗った。静かに車が発進して、朝の道路を滑っていく。

 朝ごはんを食べ終えて眠そうなすずめくんを肩に乗せて後部座席に座ったまま私は呟いた。


「……新妻?」


 ミコト様のキラピカパワーによりうちのクラスが出し物人気一位を無事獲得した。振替休日を挟んでやや騒がしいながらも通常授業に戻った学校生活で、なぜかミコト様が毎日私のお弁当を作っている。

 女子が好む雑貨屋ミランミランで買ったお弁当箱に、栄養バランスを考えられた美味しいおかずとおにぎりに別の小さいタッパーでフルーツもついている。お箸と共に収められたランチバッグの中には、和紙に墨で書かれたちょっとした手紙も入っていた。


「読めないんだけどね……」


 私の呟きに、すずめくんがちゅんと相槌を打つ。

 ちょっとした手紙というか、分厚く幅を取っている。相変わらずの達筆で何を書いているのかはわからないけれど、本人に聞いても照れながら読めずとも良いともじもじするだけである。ミコト様に貰った手紙を収納する文箱は、そろそろ2個目が埋まりそうだった。


 おやつから始まり、お弁当、そして朝晩の食事にまでチャレンジしているミコト様は、それでも仕事の合間の息抜きとして新妻ごっこをやっているらしい。

 傷のせいで長らく引きこもり生活をしていたミコト様が完全復活したということで、あちこちの神様からお祝いをもらったり、ご機嫌伺いが来たりと毎日何かと忙しそうにしていた。私は平日学校に行っているのでお屋敷のことはめじろくんから聞くだけだけれど、どこそこにご無沙汰をお詫びにいくだの誰かがお祝いの宴を開くだのとあれこれ用事があって出掛けることも多いそうだ。


「あの方の作った料理をよくそんな毎日食べて平気だな……」

「普通に美味しいよ」

「そういう問題じゃないだろ」


 お昼時、私が青椒肉絲を食べながら返事をすると、百田くんが顔を引きつらせていた。


「ミノさん今日もラブラブ弁当かーマジ裏山。オレも彼女から作ってもらいてえ!!」

「ちょっとノビ食事中に騒がないでっつってんでしょ」

「そもそも何で一緒に食べてんの?」

「オレらもう超仲良しじゃん? 文化祭で築いた仲を深めよ? あと普通に男子だけで飯食うとかむさ苦しいし」

「むさ苦しいなら離れとけよ馬鹿」

「えーモモ怒った? だいじょーぶモモはむさ苦しくないって。朝練してからシャワー浴びてんもんな」


 みかぽん、ゆいち、のんさんと一緒にお昼を食べていると、最近は高確率でノビくんと百田くんが合流してくる。断られないようにか私達がやる前に机を動かしてくれるので楽といえば楽だけれど、たまに賑やかすぎるのが困りものだ。


「ルリちおいしそぉ〜。いいねえ」

「これ冷食ナシだもんねー。ほんとすごいわ」

「あげないよ」

「やー羨ましー。私も弁当作ってくれる彼氏欲しーわー」


 別にミコト様は彼氏というわけではない。だけど文化祭の日に誰よりも目立っていたミコト様と一緒に手を繋いで歩いているところを大勢に目撃されていたので、なんとなくそういう関係ではないかみたいな雰囲気が出来上がってしまっていた。「彼氏があの伝説のイケメンってほんと?」と知らない子からいきなり訊かれるのは面倒だけれど、そのインパクトによって前の悪い噂がほとんど消えたのはよかった。おまけに委員長からの当たりも弱くなったのも嬉しい。

 私の悪い噂に便乗していたうちのクラスの女子委員長は、文化祭の二日目に百田くんに告ったらしいとゆいちが教えてくれた。百田くんは彼女を作る気が今はないと断ったらしいけれど、彼女はあまり態度に出さないようにして委員長業を頑張ってやっている。


 心配だからとミコト様が許さないのでまだ蝋梅さんに行き帰りの送迎をしてもらっているけれど、もう居心地の悪いような視線にさらされることもなくなった。

 お供としてついてきてくれているすずめくんもクラスではとてもリラックスするようになって、授業中にサクサクとエサを啄んでいたり、ノビくんに水浴びの器を用意されてまんざらでもなさそうにしていた。正体が悪魔だったノビくんに対してはたまにつついたりしているけれど、何だかんだ言って結構楽しそうにしている。


 ノビくんは、何と本当に養鶏場にバイトに行くと決めていた。百田くんの家のツテで街の端にある養鶏家のところに、週三回の早朝バイトらしい。ちまちまと有精卵や病気の鶏の魂を食べているのだと唇を尖らせていた。野球部の朝練より早起きしているのは大変そうだったけれど、一緒にバイトを始めた百田くんによると割と真面目に働いているらしい。貯金が溜まったら、2人で海外旅行でも行くかと相談しているそうだ。


 今までの不安だった期間がウソのように平和な日々に戻った。

 前のように勉強して、友達と喋って、時々は遊んで、家に帰る。帰る家がミコト様のお屋敷に変わったけれど、何事もない学校生活を送れるようになったのは嬉しいことだ。今年に入ってから色々なことがあったので、しばらくはこうやってのんびり暮したいと思っていた。

 思っていたのだけれど。






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