真夏の太陽くらいある7
視線吸引機であるミコト様が看板を掲げて歩いたせいか、うちのクラスの出し物である洋風お化け屋敷に行列ができているらしい。
さばききれないからもう宣伝やめてとメールが来たので、私とミコト様は少し早いお昼を取れることになった。
螺鈿細工で作られた鴨みたいな鳥が飾り付けられているお重は、ゆったりと絵の水面が波打っていて耳を済ませるとぷぅぷぅと鳴き声が聞こえてくる。フタを開けると彩り鮮やかなおかずが並んでいた。
ピーマンや人参の色がきれいな酢豚やパンプキンサラダ、竜田揚げに煮物もある。ウインナーはタコさんになっていて、ハムは薔薇の形に丸められていた。綺麗な俵型のおにぎりも行儀よく並んでいて、上にほんの少しだけ具の一部がトッピングされているので中身がわかりやすい。
沢山の種類のおかずを少しずつ詰めてあるのはとても綺麗だけれど、時間がかかりそうだ。
「すごい……大変だったんじゃないですか?」
「厨で梅らが宴の支度を続けておったのでな、切ってある材料を貰うたのでそう手間ではなかった」
パンフレットで出店の内容が昨日とほぼ変わらないのを知って、飽きないようにとお弁当を思いついたのだそうだ。ミニサイズの餃子やお漬物を花のように配置するなど、非常に芸が細かいのは夏休みに神様訪問旅行でさまざまなお弁当を食べたせいだろうか。百貨店で売っているものと比べても劣らないように見える。
お重とおそろいの取り皿まで付いていて、ミコト様がお箸を持ってニコニコしている。
「ささ、好きなだけ食べるがよい。何がよいか? タコさんか?」
「自分で取りますよ」
「種類も多いので私が取り分けようぞ」
「えっと……じゃあサラダと酢豚と……」
ものすごくワクワクした顔でミコト様が待っているので、お言葉に甘えて取ってもらうことにした。今までめじろくん達にお世話をされながら生活していたからか、ミコト様は人の世話を焼くというのが新鮮なようでこういう手伝いを嬉しそうにこなすことが多い。
神様にお弁当を作らせた上におかずを取らせる女子高生は私ぐらいだろうなあとおしぼりで手を拭きながら思った。
「そういえばミコト様、街が輝いてるって百田くんが喜んでましたよ」
「うむ、長らく手を入れていなかったせいか少し曇っているような感じがしていたが、傷が癒えて力が行き渡ったのだろう。モモダを喜ばせたいわけではないが、あれも我が土地に住まう者であるからな」
ミコト様は今、ものすごく調子がいいらしい。
今まで苦しんできた傷が癒えたというのもあるし、月の妙薬の力が強くてエネルギー満タン状態になっているそうだ。その力がお屋敷やミコト様の土地であるこの街一帯にも行き渡っていているらしかった。土地を護る神様の力が弱まっていると、それにつけ込んで邪心が育ちやすかったり、街の澱みが祓いきれずに不幸を呼び寄せたりすることもあるらしい。
「じゃあ今この街の人はものすごく運が良くなってるとか?」
「モモダのような敏い者であればそれもあろうが、普段の行いに反するほどの影響はなかろう。ただ、巡りやすくはなっておるかも知れぬな」
巡りが良いというのは、自分の行いがかえって来やすいみたいなことらしい。因果応報とか、自業自得とかそんな感じだそうだ。ミコト様のような神様からすると、人の周りにはその人の魂というかオーラみたいなものがあって、それが実生活にも影響するらしい。もし悪いことばっかりしていた人が反省して良いことをしようとしても、魂やとりまくオーラが変わりきって言動がそうなるには時間がかかる。そういう巡りが良くなるので良い方向に行くのが早くなるそうだ。同じように悪い方向に行くのも早くなるけれど、今はミコト様のちからが強くて街を護りやすいので、そうなってしまうと住みづらくなったり引っ越すようなことが起こったりするだろうとのこと。
ミコト様が肉団子をもぐもぐしながら説明してくれた。
私は今まであんまり運とかそういうことを信じていなかったけれど、ミコト様が不思議な力を使うところをたくさん見てきた。なので、そういうことがあってもおかしくはないかなくらいには感じている。相変わらず百田くんみたいな物が見えるわけではないので実感はないけれど。
もしその法則がどの世界でも通用するのであれば、大沢くんも良い方向に向かうと良いなと思う。
いや、それよりも何よりも酢豚がとても美味しい。
「ミコト様、お料理出来たんですね。これすっごく美味しいですよ。ご飯に合う」
「そうか! いや、食事の支度は不慣れでな、上達するにはどうすればよいかとめじろに訊くと、つうべに動く見本があると言うて、今時の庖丁の手際を見てな」
「え? もう一回言ってくれますか?」
甘酢あんと絡むパプリカを食べながら質問していくと、ミコト様は動画サイトで料理人の解説動画を見て勉強したらしい。めじろくんは電子書籍も沢山読んでいるので、その中にレシピ本などもあってためになったそうだ。
せっせとタブレットを見て料理を頑張る神様。かわいい。実物はイケメン眩しいけれど。
「ミコト様、お菓子作りとか料理作るの好きなんですね」
「そのようだな。あれこれと手間をかけるだけ良きものになるのがよい」
「ジオラマ作りも上手ですしね」
「そ、それに、ルリが美味いと褒めて食べるのを見ると、私の心も満ちるのだ」
頬を赤くしながら、ミコト様がニコーっと笑う。感情をそのままストレートに出すようなミコト様の表情は、見ていて時々恥ずかしい。そして恥ずかしい気持ちになると、なんかくやしい。
「ミコト様、この酢豚本当に美味しいですよ」
「気に入ったのならばすべて食べてもよいぞ」
「いや、ミコト様も食べてみてください。ほらこの豚肉最高ですよ」
「へゥ……ッ?!」
お箸でつまんだ玉ねぎとお肉をむぎゅっとミコト様の口に押し込む。目を白黒させていたミコト様が真っ赤になってあうあう狼狽え始めたのを見て、私はようやく落ち着いてお茶を飲むことが出来た。




