真夏の太陽くらいある4
すずめくんが、私に抱きついてうるうるした目でじっと見つめてくる。
「ルリさま、本当に学校に行くんですか? 本当に?」
昨日の夕食は控えめに言って宴会だった。鯛、キジ、鹿、馬、マグロ、牛、あらゆるお肉があらゆる種類で料理され、和洋中さまざまな料理とお酒が飛び交い、このお屋敷にいるみんなが集まってお祝いになっていた。メデタヤメデタヤと繰り返す美女や歌いまくる小鳥達、べんべけべんべけ騒がしい楽器や武具、ミコト様の姿を見ては嬉し泣きする大男、火力マシマシになっている灯台、私の手を取ってお礼を言うための行列、もしゃもしゃと葉っぱを延々と食べているうさぎ、漆のお椀にすっぽりはまっている鞠、尻尾に紐をつけられて叫んでいる鯉。
みんながみんなミコト様の快癒を祝い、ミコト様もそれを鷹揚に受け止めていた。夕食が宴会に変わり、どんちゃん騒ぎとなって夜を走り抜け、今でもチャカポコと音がしている。私は疲れていたので早めに抜け出して眠ったのだけれど、朝鳥の鳴き声ではなく乾杯の声で目が覚めるとは思わなかった。
「お休みしましょうよう。お座敷に戻りましょう。次はすずめが舞いますから」
「すずめくんはおうちにいていいよ。今日も文化祭だし、色々気になるし行ってくる」
「主様もなんとか仰ってください。ルリさまが一人抜け出そうとしていますよ!」
宴会から逃げようとするものをあの手この手で封じ込めていたらしいすずめくんがミコト様を呼ぶ。皆にこぞってお世話され、新しい装束にきちんと髪を結われたミコト様がピカピカ度を増しながら近付いてきた。
「これこれすずめ、寂しいのはわかるが無理を言うでない」
「主様だってルリさまが歌うところをみたいでしょう? お酌をされたいでしょう?」
「見た……ウヴンッ、ルリは学生ゆえ、本分を全うしたいのであろう」
別に私は宴会に出るとしても歌わないしお酌もしない。というのは黙っておいて頷く。帰ってきたら参加するからと約束をすると、すずめくんは変わったお面を被っためじろくんに連れられて宴会へと戻っていった。
残ったミコト様は、ニコニコと笑って太陽のように光を振り撒いている。私の目が潰れないレベルらしいけれど、ホンモノを見てわかった。本人が光ってると、何か周囲に輪が出来るのである。仏像とかの後ろに付いてるアレはリアリティがある。
「もう何もなかろうが、獅子を付けるゆえ心配せずに楽しむがよい」
「ありがとうございます」
私が目を逸らし続けるとミコト様がものすごくしょんぼりしたので、昨夜の宴会の内にキラキラを大体見慣れたのはよかったのだろう。ミコト様の力が戻ったせいかお屋敷中どこも一層輝かしくなっているので麻痺したのかもしれない。
カバンを肩にかけて出掛けようとすると、草履を履いて付いて来たミコト様がもじもじしながら言葉を押し出そうとしている。
「そ、その、き、今日も……行ってもよいであろうか? その、文化祭……ルリと見て回れなかったので……」
「あ、いいですよ。昨日のチケットで入れますから。私午後は多分大体ヒマになると思いますし」
「そうか! うむ、会いに行く」
喜ぶと後光が増えるミコト様。五七五だ。
嬉しそうに手を振るミコト様に振り返してから、獅子ちゃんと一緒にお社をくぐって蝋梅さんの車に乗せてもらった。
「箕坂、よかったな」
「ありがとう……おはよう?」
「はよ」
靴を履き替えて階段を登っていると、後ろから百田くんに声を掛けられた。
「何がよかったな?」
「何がって……お前、あの神様の穢れが清められただろ」
「あぁ」
月の妙薬のびっくりヒーリングパワーメイクアップは、離れた場所にいた百田くんにもはっきり伝わっていたらしい。その瞬間からものすごく体が楽になったし街のあちこちが綺麗になって息をしやすいそうだ。そういえば、今日はやたらと血色が良い。
「普段見慣れててこんなもんだと思ってたけど、やっぱ影響あって淀んでたんだろうな。街全体が神域みたいに光ってる」
「へぇー」
お屋敷の中ではろうそくの明かりがLED照明に変わったくらいの変化を感じていたけれど、外はそれほど変わっていないように私は感じていた。だけど百田くんのような見える人にとってはやっぱりはっきりと違いがわかるらしかった。
「やー、マジで明るいわ。オレ昨日電気つけてねーもん。超エコ」
「えっ えっ?」
うぃーと音を発しながらナチュラルに会話に入ってきたのはノビくんである。昨日と変わらないチャラチャラした態度で何事もなかったかのようにだるそうに制服を着崩している。
思わず二度見をしてしまった。
「ミノさんはよー。やっぱアレマジで効いたっしょ?」
「いや……なんでいるの?」
「えヒドイ! ミノさんオレのことキライ?!」
「いやそうじゃなくて……旅に出るとか言ってなかった?」
「あーそれね」
ハイハイと言いながら軽そうな鞄をあさり、取り出したものを私に差し出す。ちゃらんと音がしたそれは、有名キャラクターが温泉に入っているキーホルダーだった。地域限定らしく、地名も書かれている。
「とりあえず温泉行くかって行ってたらかーちゃんから早く帰ってこいって言われてさー。はい、モモにもあげる。モモも心配そうだったし、オレ文化祭委員だし」
「いらん!」
「えーミミィちゃんの方がよかった? ごめんだけどミノさん交換してあげてくれる?」
「いや……私もいらないし……」
「えこれマジで人気あんのよ? 可愛くね?」
旅って、温泉旅行レベルなのかよ!
年単位で世界を放浪するんじゃないかとか、思った私の方がバカみたいである。同じ気持ちを抱いたらしい百田くんが、無言でノビくんの頭を抱えてギリギリと力を込めていた。
「マジでいてーから! ゴメンって! 今度はちゃんと饅頭買ってくるから!」
「やかましい! お前はもう一生黙ってろ!」
「え〜そんなこと言って〜。オレが来て安心したっしょ? 嬉しかったっしょ? ん? いででで」
人の思惑を裏切り、軽々と嘘をついて心の中に住み着く。それが悪魔なのかもしれない。
それはいいんだけど、私はとりあえず思ったことを口に出しておくことにした。
「百田くん、もっとやれ」
「おう」
「やめて?! オレ死んじゃうから! マジで!」




