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真夏の太陽くらいある3

 ビニール手袋を念のため両手にはめ、薬を掬う右手は更に二重にする。さしもの薬もこうしておけばそうそう浸透はしないだろう。科学技術の勝利である。


「ていうかこれミコト様が自分で付ければいいのでは……いえ何でもないです。やります」


 万全の装備にしてから気付いたことを口にすると、ミコト様が悲しそうにワナワナし始めたので諦めた。もし不老不死になったとしても、ミコト様なら何とかしてくれるだろう。いざとなったらずっとここで住まわせてもらえばいいし。


「どこから塗りますか? やっぱり顔からですかね」

「うむ、ルリの思うようにしてくれればよい」


 多分数百年とかそれ以上の単位でミコト様の悩みのタネになっていた顔の左側にまず薬を塗ってみることにした。

 フワフワと宇宙的なすごい雰囲気を放っている壺の中にそっと人差し指を入れる。私の指はビニール手袋の抵抗があっても薬の中にするっと入り込んだ。とても伸びのよさそうなテクスチャである。顔の傷はそれほど面積が大きいわけではないし、気持ち掬い上げるような感じで持ち上げると、指先にほんのりと光を放つ薬が少しだけ付いている。

 ミコト様が今まで使っていた薬師如来様の薬もさらっとトロッとした付けやすいものだったけれど、この月の妙薬もとても軽くて負担が少なさそうだ。


「付けますよ、痛かったら言ってください」


 ケガのない右側の目をきゅむっと瞑ったミコト様が小さく頷く。傷の広がる頬の、丁度頬骨の辺りにそっと薬を触れさせた途端、フラッシュを焚いたように周囲が明るくなった。


「う、わ」


 さっき、月の妙薬の壺に触れたときのような、五感全てを包み込む心地よい不思議な感覚。それが更に暖かさを伴って、無重力で包まれているような感覚になる。

 眩しさに腕をかざしてその下から目を凝らすと、ミコト様のいつもの香りがより濃くなって吹いているように感じた。それなのにキツいと感じるような濃さではなく、吸うと肺のあたりまで温かくなるような感じがする。

 暖かいのに爽やかな風が吹いていて、その中でミコト様がふわふわと浮きながら光っている。光が傷を焼き尽くすかのように、薬を塗ったところからみるみるうちに傷が治っていっていた。頬、瞼、額、首筋、肩、胸、脇までいって腕の端の傷まで伸びてことさら眩しい光は消えていった。目を瞑っていたミコト様が少し顔を仰向けて息を吐き、それから左の腕を持ち上げて眺めていた。髪ゴムが取れたのか、ミコト様の長い髪が風に遊ばれている。

 神々しさとともに、私は強い既視感を覚えた。


「ほう、これは」

「な……おりましたね……」


 春の庭の午前中のような光景が続いている。陽を浴びた花びらがヒラヒラと舞い降りているかのように、光が溢れて部屋を満たしていた。月の妙薬のように意識を全部持っていかれるような妙な怖さはなく、温泉に浸かっているような心地よさもある。

 その光の中で微笑むミコト様は、今までの雰囲気の倍どころじゃないキラキラを纏っていた。


「体がうんと楽になった。どこにも穢れが残っておらぬ」

「よかったです……」

「ルリよ、ありがとう。おかげで昔の力を取り戻すことが出来た」

「いや、ちょっと待って」


 ミコト様が嬉しそうに微笑んで、私の手をそっと掴んでビニール手袋を取り握ってくる。ミコト様が動く度に何か光の波が打ち寄せてきて、神々しさが五感を震わせた。

 率直に言って、眩しい。


「ちょっと目が痛いんですけど、もうちょっと暗く出来ませんか?」

「暗く……?」

「なんかこう、普通の状態にしてください」

「これが私の本来の姿だが、ルリは気に入らぬか?」

「いや気に入るとか気に入らぬとかじゃなくて」


 そもそも眩しすぎて何かよく見えていない。目を瞑ったままよくわかっていないミコト様を説得していると、きゃーっと歓声を上げたすずめくんとめじろくんがリビングに飛び込んできた。


「光がお戻りになられた!! 主様、主様!! すずめは嬉しうございます!!」

「めじろもお祝い申し上げます。が、主様、あんまりお力をだだ漏れにしておられますと、ルリさまの目が潰れてしまいますよ」

「む、それはいかん」


 怖っ!!

 この光、目潰し機能が付いてるのかよ!

 慌てて両手で目を覆うと、ミコト様が何やらしてから声を掛ける。


「ルリや、もう大丈夫だ」

「本当ですか? 目は大事なんですよ? 見えなくなると慰謝料とかめっちゃ高いんですよ?」

「医者はいらぬ、ほれ、手を取って顔を見せておくれ」

「光ナシになってる? めじろくん、ほんとに大丈夫?」

「大丈夫です」

「ルリさま、主様をご覧になってください! なんて神々しいのでしょう!」


 ミコト様の手に促されてそっと手を下ろすと、瞼越しに眩しさは感じなかった。ゆっくりと目を開けると蛍光灯の光だけが室内を照らしている。随分暗く見えるのは、さっきのキラキラが眩しすぎたせいだろう。

 それなのに、ミコト様はそのものが光っているように感じた。それはミコト様の神様としての力がなせるわざなのか、嬉しげに微笑まれた顔が輝いているように見えたからか。


「いや、何このイケメン」

「池?」


 傷で半分しか見えていなかった頃のミコト様も、十分すぎるほど美しい顔だった。傷が治るとより美しく見えるんだろうなあとは思っていたけれど、何か予想以上だった。2倍か3倍くらいになると思っていたのに、なんか50倍くらい麗しい。美という概念を原子で物理化したらこうなるんだろうなというような造形をしている。

 神様だから当たり前かもしれないけど、びっくりするほど人間離れした顔になった。


「ルリよ、そなたがいたからこそ……なぜ顔を逸らす?」

「いや、ちょっと待って……誰かサングラス持ってきて!」

「ルリさま、室内ではお行儀悪いですよ!」

「すずめ、早く宴会の支度を整えよう。皆を急かさなくては」

「ルリ、ルリや」


 目を合わせると、何か圧倒されてしまうのだ。眼力というかあの両目で微笑まれるとなんか魂が昇天するような気がする。まだ成仏はしたくないので、私は慣れるまでしばらくミコト様から目を逸らし続けた。


「あっ」

「どうしたルリや、こちらを見てはくれぬか、ルリや」


 視線の追いかけっこをしている時に突然、既視感の理由に気が付いた。

 傷が治ったときのミコト様、日曜朝の少女向けアニメの変身シーンにそっくりだった。






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