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真夏の太陽くらいある1

「ふぃー、疲れた。じゃーオレもう行くわ」

「行くって、ノビくん……あの、明日も学校来るよね?」


 あっさりと背を向けて歩き出したノビくんに、思わず声を掛けてから考える。つい訊いてしまったけれど、ノビくんは悪魔で、しかも人の魂を食べようとしていたのだ。ノビくん自身のノリがふわふわしてるせいでそこをあまり意識しなかったけれど、これからもそのままでいられるのだろうか。

 顔だけでちらっと振り返ったノビくんが、「さーね」と肩を竦める。


「悪魔ってバレちったしな〜。神様にこれ以上イジワルされたらヤだし。しばらく旅でも出るわ」

「えっ」

「おい、ノビ」

「あーカントクにも謝っといて。じゃーね、モモ、ミノさん。あと神様」


 ピラピラと手を振ってノビくんが歩いていってしまう。百田くんも引き留めようとしたようだけれど、今までのことが頭をよぎったのか僅かに手を挙げるだけで止まってしまった。

 ただ悪事に加担しただけのアヤカシだったのなら、こんな気持にはならなかっただろう。今まで一緒に文化祭の準備をしてきたノビくんは、チャラくてお調子者だけど誰にでも分け隔てなく話しかけていて、あれこれと楽しませてくれるようなクラスメイトだったのだ。


「百田くん……」

「……あいつはああ見えても、悪魔なんだ。俺らを騙していて、大沢を追い詰めた」


 自分に言い聞かせているように呟いた百田くんも、ミコト様に頭を下げてから帰ると言った。仲の良い友達として過ごしていたからこそ複雑なのだろう。大沢くんも消えてしまって、ノビくんもいなくなったら落ち込むのではないかと心配になる。

 私とミコト様以外に誰もいなくなった公園は静かで、空では太陽が傾き始めている。


「ではそろそろ帰るか、ルリよ」


 パンケーキを完食したミコト様が紙皿とプラスチックのフォークをゴミ箱に捨てて立ち上がる。それに頷いて、伸ばされた手に自分の手を伸ばした。

 力を使ったせいでふらついていたので心配したけれど、さっきの大技の気配を察しためじろくん達がおそらく迎えをよこしてくれるだろうとミコト様が言う。言ったとおりに蝋梅さんの黄色い車がやって来て、私達はそのままお屋敷まで帰ることが出来た。


「わあぁ……!!」

「すごい……」


 お屋敷の門のところで待ち構えていたすずめくんとめじろくんは、私の鞄に入っていた月の妙薬を見るなり目をキラキラさせてほっぺを赤くした。それから私とミコト様に纏めて飛びついてくる。


「すごい! すごいですルリさま!! 主様!! 今日はお祝いですね!!」

「すぐに鯛を買ってきます。山犬にキジも獲ってきてもらいましょう」


 手を繋いだすずめくんとめじろくんがあれこれと喋りながら主屋の方へと駆け出していく。白梅さんと紅梅さんはまあまああらあらとニコニコしながら私とミコト様をお風呂の方へとやんわり押し出した。


「主様、まずはお体をお清めくださいませ」

「ルリさまもお召し物を置いておいたわ」

「綺麗にして、ケガレもなくなるわね」

「みんな喜ぶわねえ」


 うれしやうれしやと袖を振りながら私達を脱衣所に放り込み、いそいそとめじろくん達の手伝いに行ってしまった。その鮮やかな手つきにしばらく静止してからミコト様を見上げると、ミコト様もこっちを向いていて目が合った途端に飛び上がった。既に耳や首まで真っ赤になっている。


「ミコト様、おフロ」

「はゎ!!」

「先入りますか? 私一旦鞄置いてきますけど」

「えぇ……あぁ……そ、そうだな、その、ルリも……」

「私も後で入りますから早く出てきてくださいね」

「うむ……」


 何をガッカリしているのか。というか、何故一緒に入る選択肢があると思ったのか。

 背中を丸めたミコト様を置いて東の建物まで歩いていると、鞠がぽんぽん跳ねながらこっちへと転がってきていた。勢い良くぽーんと弾んだ球体を、両手を出して受け止める。


「ただいま」


 返事をするようにスリスリと手の中で動いた鞠が、また弾んでポンポンと隣を跳ねて移動する。私の手に乗っては肩に乗り、それからまた廊下でバウンドしていた。


「最近あんまり遊べなかったもんね。色々終わったし、これからはもうちょっと遊ぼうか」


 部屋に入ってポンポン跳ね回る鞠を落ち着かせるように捕まえる。絹糸が綺麗に交錯するその表面をじっと見て、それからふふと笑いが漏れる。


「薬見つかったんだよ。ミコト様が元気になるよ」


 完全に棚ボタでゲットした薬だけれど、あれがあればミコト様の傷も良くなるだろう。私のせいで広がった体の傷も、ずっと長い間ミコト様の苦しみになっていた顔の傷も綺麗になる。そう考えるとどうしてもウキウキする気持ちが抑えられなかった。


「ルぅー、リィー」

「ん?」


 夏の庭の方から、名前を呼ぶ声がする。顔を出してみると黒い鯉が小川のそばにある大きな石の上でデロンと横たわっていた。


「ルリィイ、クレ」

「また干からびるよ。エサなら後であげるから」

「エーサクレ……クレ……クー……ク……スリ……クレ」

「え? クスリ?」


 のべっとした喋り方なので末期のヤク中のような感じに聞こえるけれど、ビタンと跳ねた鯉は月の妙薬を欲しがっているらしい。


「これ薬だよ? 別にケガしてないでしょ」

「クレェ」

「何するの?」

「ルーリィ、タベー……ルゥ、クレ」


 ミコト様によると、薬にはとても強い力が宿っているらしい。そんなものを食べさせたら、また鯉が超進化して足とか生やしそうだ。ドタドタと魚の目で見つめられながら追いかけられるところを想像するとゾッとするので、鯉は小川に押し戻してから部屋の襖をキチンと閉めた。

 ミコト様に渡すまで鞄を手放さないでおこう。






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