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シカシアヤカシ6

「ヤベー完全に厄日だわー。オレもう帰る! 帰ってゆっくりメシ食う!」

「ちょっと待て」


 まだ痛むらしい額を気にしながら帰ろうとするノビくんを、百田くんが肩を掴んで押し留めた。


「メシってお前、まさか大沢のことじゃないだろうな?」

「やだな〜モモちんマジで疑ぐり深ぇ〜オレ信用ねえ〜」

「……否定しろよ」


 適当なことを言って誤魔化そうとしたらしいノビくんだけど、明らかなウソをつくつもりはないらしかった。


「いや、ノビくん今ミコト様と約束したとこじゃん」

「残念だけどオーサワとの契約はもう済んじゃってるからさ〜。学校終わってからゆっくり食おって思って残しといただけで実質もう胃袋入ってるようなもんだし? 繋げてるから今もちょっとずつだけど吸ってるし?」


 ミコト様と人の命を食べないという誓いを立てる前の出来事なのでノーカウントだと言い張るつもりらしかった。まるで法の抜け穴を使って儲けを啜るヤクザのような言い訳である。

 先程まで苦しんでいた大沢くんは、今は力なく地面の上にうずくまっているだけになっている。時々弱々しくではあるものの背中が上下しているのでまだ生きてはいるようだけれど、ノビくんによるとそれも時間の問題のようだった。


「つかオレほぼ永久に人間食えなくなるわけでしょ? 最後の晩餐くらい見逃してくれても良くない?」

「そういう問題じゃ……」

「じゃあどういう問題よ〜? ミノさん結構ひどいことされてたけど、あれもしかして全然気にしないレベルだった感じ? もしくはここで喜んで見捨てるってのはやっぱり人格的にどうかなーって悩んじゃうタイプ?」

「おい、ノビやめろ!」


 百田くんが怒って声を上げたけれど、それはどちらかというとミコト様を気にしてのことだったのかもしれない。私の隣で成り行きを見守っていたミコト様の顔が冷たい感じになっている。


「口の減らぬ輩よの」

「ってぇー! こういう力任せなの、神様的にどうなんすかね? つか神様もこいつの嫌がらせにはおこっしょ? ここで生かしとけばコイツ確実にまたミノさんのことストーキングするスよ」


 ここはパパッとオレが片付けたほうが色々楽だしウィンウィンじゃないっすかとノビくんが喋る。

 なるほど悪魔というのは口が上手くないと人をそそのかせないのかもしれない。人が迷っているところを突いて自分が求める方向をさも最善の選択かのように提示する。大沢くんもこの手腕に乗せられてしまったのだろうか。

 確かに私は今日一日で大沢くんのことを嫌いになったし、もうこれ以上彼のことで煩わされたくはないと思っている。大沢くんがここで命を取り留めたとして、また私の気づかないところで何かされるのではないかという不安も出てくるかもしれない。それと同時に、今彼の命運がかかっているこの場面で自分が気分の悪い決定打を打つのも嫌だと思っているのも事実だった。もし今ここで彼が死んでもいいのだと意思表示をすると、これから先にこのことを何度も思い出して後悔するだろう。


 ノビくんがここで契約を押し切ってしまえば、大沢くんは魂を食われて死んでしまう。自分がその結果を待っているように思えて苦い気持ちが胸に広がった。


「ルリよ、そう思い悩むことはない」


 そっと囁いたミコト様の声に顔をあげると、いつものように穏やかな顔で微笑んでいる。その美しい顔で私を促している。穏やかな瞳は私の心を見透かしているようだった。

 その瞳が求めるがままに、私は不安を舌に乗せていた。


「……ミコト様、助けて」

「ルリの頼みならばいくらでも」

「うわそれ完全にジョーカーじゃん」


 ミコト様が頷くと、私はほっと体が緩んだのを自覚した。こうしていると自分が恐ろしく何もできない人間のように感じる。求めていることを掬い取ってやってくれるミコト様がいるせいで、私は際限なくわがままな人間になりそうな怖さもあった。そしてそれ以上に安心感も。


「さてノビとやら、私はルリの憂うものを全て取り去りたい。潔くこれの命を諦めぬか?」

「やーいくらミノさんの頼みとはいえ契約働いちゃってるしムリっしょ。命ある限り流れるようにってなってるし、反故にしたらオレにもダメージ来るッスよ」

「さもありなん。だがこれはそなたの真の望みではないだろう?」


 ミコト様の言葉を受けて、ノビくんがその視線をまっすぐミコト様に向けた。


「どういうことスか?」

「そなたが真に欲するもの。本当はそれが手に入らねば渇きは癒えぬ。ここでこの小さき残り火を手放せば、私はそれには関知せぬ」


 ルリが悲しまねばそれで良いのだからな、とミコト様が少しこちらを向いて笑った。肩の力を抜いた態度に対して、ノビくんは対照的に今までのヘラヘラした空気がなりを潜めている。


「何? さもなくば自分が盗るとでも?」

「あまり興味は湧かぬが、永久に手の届かぬようにすることは出来る。そなたがルリを悲しませるのであれば」


 ゆったりと笑っているミコト様だけれど、その瞳はどこか油断のならない様子でノビくんをじっと見つめていた。それを憎々しげに睨んだノビくんが、一瞬後にはいつもの顔になってヘラっと笑う。険悪な雰囲気は幻のようにかき消えていた。


「マジ怖えわ。じゃーもう神様がどうにか出来んならこんなの好きにしていいッスよ。悪魔の契約はそこそこ強いんで、なしには出来なさそースけど」

「話の通じる者でよかった」


 ミコト様がニコッと私に笑う。

 なんだか良くわからないけれど、とりあえずノビくんは大沢くんの命については諦めたらしかった。






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