倉庫の怪5
「いや、またねとは言ったけど、すぐに会うとは思ってなかったっていうか……」
翌日。
朝ごはんを食べに主屋の広間へ行くと、私のお膳の周りを鞠がコロコロしていた。近付くと、ポンポンと腰くらいの高さに跳ねながらこっちにバウンドしてくる。片手を出すと真ん中にちょうどよく収まって大人しくなった。
あとはいつも通りの風景が流れていく。いや、部屋の端に置かれている灯台に目をやるたびにガタガタしている。まだ明るいので火皿を乗せていないから危険ではないけれど、昨日まではそんなヤンチャな灯台はいなかったので倉にいたやつらしい。
「これ、どうしよう」
せかせかと給仕を終えて私の隣でモリモリごはんを食べているすずめくんに訊いてみると、あんまり興味なさそうに肩を竦められた。
「お気に召したのであればその辺りに転がしておけばいいのではないですか? 鞠は場所も取りませんし。もし嫌であればすずめが倉に戻しますよ」
「……あの灯台は?」
「あれは邪魔なので戻します。動く灯台、危ないし邪魔なんですよー!」
「すずめくんそんなざっくり……」
きっぱり言ったすずめくんに抗議するように向こうの方で灯台がガタンガタン揺れた。ごはんを食べるために鞠をそっと床に降ろすと、ゆっくりと動いて私の正座している足にそっと寄り添い、すりすりと絹の心地良い肌触りをアピールしている。
「……まあ、この鞠は危ないものとかじゃなさそうだし」
「でも! あれこれ倉から持ってくるのはやめて下さいね! お屋敷が騒がしくってしょうがなくなりますから。お掃除が捗らないったらないんです」
「ハイ……」
「ルリはかわいいものが好きなのね」
「かわいいわ」
「紅梅さん白梅さん竜田揚げくれなくて大丈夫です」
純和食生活だったらしいこのお屋敷は、私という存在を受けて洋食化が進みつつある。というか、いっぱい料理の本を買ってきたすずめくんに食べたいメニューを聞かれるがままに答えていると試行錯誤で作ってくれる。だからといって朝から揚げ物はどうなのだろうと思わなくもないけれど。
「ルリさま、竜田揚げは唐揚げよりサクサクしてますね。すずめは竜田揚げの方が好きです」
「私も竜田揚げの方が好きー。美味しいよね」
「私は唐揚げも好きよ」
「どっちも美味しいわね」
朝早くから働いていたお屋敷の人達は食欲も旺盛でおひつがぐるぐるとあちこちを巡っている。広間はわいわいと賑わっているが、とある一角だけ妙に静かだった。
虎が岩の間を飛んでいる柄に変わった屏風の向こう側だけ時が止まったように音がしない。
「……今日ミコト様喋らなくない? いるよね?」
「いますよぉ。主様、たぶん眠いんじゃないですかね? ルリさまに抱き付いたことを思い出してはもじもじしてて、昨夜は一睡も出来なかったみたいですし。あと恥ずかしいんでしょうね〜」
「すずめッ!」
屏風の向こうからミコト様の声が聞こえたと思うと、ぽふんと音がして喋っていたすずめくんが消えた。よく見ると、お膳のフチに雀がとまっている。
「すずめくんが雀になった!」
複雑な茶色のちんまりした小鳥はしばらくキョトキョトしていたけれど、やがてちゅんと鳴いた。それから身軽に飛んで屏風の上にとまったかと思うと、向こう側に抗議するようにちゅかちゅか喚いている。
「あまり余計なことを言わずしばらく大人しくしておきなさい」
「すずめくん……本当に雀だったんだ」
しばらく文句を言っていたすずめくんはやがて再び飛び立ち、今度は私の手首に止まる。ふっくらと体を膨らませ、黒いつぶらな瞳がくりっと首を傾げてこっちを見上げた。
「……かーわーいいー! やばい。すずめくん可愛すぎ!」
「鳥は可愛いわね」
「花を食べるけど可愛いわ」
「かわいい〜。お米食べる? レタス?」
ちゅん! と鳴いたすずめくんに米粒をひとつ上げると、黒くて小さい嘴でもぐもぐと食べていくのがとても可愛かった。そっと人差し指を差し出すと、撫でろと言わんばかりに茶色の頭をそれに押し付ける。そろそろとふわふわを撫でていると、足元で鞠がころころと回っていた。
「かわいいパラダイス……」
「パラダイスって何かしら」
「素敵そうな響きね」
かわパラで朝食を堪能していると、ずっと黙っていためじろくんがボソリと呟いた。
「主様、なに羨ましがってんですか」
「ぅううう羨ましがってなどおらぬぅ!!」