シカシアヤカシ1
滑り台と砂場しかない小さい公園の、入口に近いベンチに大沢くんは座っていた。背を丸めて、俯いて片手で顔を覆っている。反対の手はベンチの端を握りしめていて、足は小刻みに揺れていた。せわしなく身じろぎして体を起こしては、また背を丸めてを繰り返している。
どのように声をかければ良いのかわからずに立ち止まっていると、百田くんが一歩先に出た。
「大沢、もうやめとけ。自分でもヤバいってわかってんだろ」
「……うるせえよ。ほっとけよ」
「お前、このままだと死ぬぞ」
「うるせえんだよ……」
強がっているようだけれど、声は弱々しく、お腹に力が入っていないように聞こえる。具合が悪そうな様子を見ていると病院に連れて行ったほうが良いような気がするけれど、もしアヤカシに命を削られているのであれば、それがどれくらい効果のあるものなのかわからなかった。
悪いことをした人であっても、目の前にいて死にそうだというのは気分の悪いものだった。大沢くんのために何かするのも、何もしないのも結局後悔が待っている気がする。一発殴ってやるくらいの気持ちでいたけれど、それももうどうでもいい。ミコト様が余裕をかましていた意味がわかった。弱っていく人にわざわざ何かをする必要もないのだ。
こちらとは目を合わせようとしない大沢くんをじっと見つめていると、ミコト様が握った手に優しく力を込めてきた。安心させるように微笑んで、それから前へと視線を移す。
「そなたの命を蝕んでいるアヤカシをここへ呼べ。このまま虚しく独り食い尽くされたいか?」
「命令すんな……アヤカシじゃねえよ。バケモノはお前だろ。何で勝つんだよ……」
「は? ミコト様はバケモノじゃないし」
文通とジオラマとお菓子作りをこよなく愛する神様に向かって何という言い草だ。
ついイラッとして言い返すと、そこで初めて大沢くんがゆっくり顔を上げてこっちを見た。まるでもう何日も飲まず食わずで眠ってもいないような、憔悴という言葉がこの上なく似合う顔をしている。目だけはギラギラしていた。
「バケモノだろ。あんな汚くて狭い祠に住み着いて、お前も気持ちわりいんだよ、バケモノがそんなに良かったのかよ」
「あれ祠じゃなくてお社だから。神様だし。どっちかっていうと、そんなとこまでストーカーしてたあんたの方が気持ち悪い」
ミコト様の神社のお社は確かにオンボロだけど、それは古いからであって別に汚くはない。そこに出入りするところも見られていたのは知らなかった。普通その辺で頭おかしい女だとか思って冷めそうだけど、残念ながらそうはならなかったようだった。
「ミコト様は優しくて、可愛いとこあって、困ったら絶対助けてくれるすごい神様だから。あんたが小物過ぎて相手にしないだけで、ものすごく強いから」
「あ、ル、ルリよ、その辺で、その辺で」
ムカッと来たので言い返していると、ミコト様がもじもじしながら手を引っ張ってきた。別にミコト様に言ったわけじゃないのに何を照れてニヤニヤしているのか。
「んだよ……ちょっと可愛いからって、簡単に男に媚びやがって……どんだけ股開いたんだよ」
「開いてないから。男と喋ったらビッチ呼ばわりって、極端すぎてそれこそ童貞の思考だし。女子と喋ったことなさすぎて妄想するのやめてくれる? 自分の母親もビッチって思ってんの?」
「るルるるルリや、手加減、手加減、相手は手負いぞ」
「大沢ももうやめとけ。怒りを買うぞ。これ以上苦しんで死にたくないだろ」
やっぱり蹴っておくかと思った私をミコト様が羽交い締めにして宥め、百田くんが大沢くんを慌てて諌めている。やっぱ何もしなくても後悔しないかもしれない。
「あれのことはもう気にせぬがよい。な、今日はルリの好きなお菓子を作ろうぞ、何がよいか?」
「……パフェ。生クリームいっぱいのやつ」
「ぱ、ぱ……あの、あれだな、水菓子と、薄くて小さいせんべいと、くりいむのやつだな。わかった」
ミコト様と交渉成立したので、私は渋々だけど大人しくすることにする。その様子を見てホッとしたミコト様が、私をかばうように立ちつつ溜息を吐いた。それからめんどくさそうに言葉を投げた。
「そなたと相対しておっても埒が明かぬ。少し手荒くいくぞ。私は早く帰ってぱ、ぱ、ぱへを作らねばならぬからな」
「パフェね、パフェ」
「ぱへぇ」




