迷妄7
隠し撮りの写真の中には、私が屈んで谷間が見えかけているものや、座った正面からスカートの中に狙いを定めようとしているようなものもあったらしい。オエーという顔になっていると、ミコト様が般若っぽい顔になっていた。イケメン怒らすと顔が怖い。
安心させるようにめじろくんが力強く頷く。
「さすがにそういったものはめじろが刻んで燃して清めておきました。ルリさまの尊厳を汚すようなものは世に要らぬものですから」
「あ、えーと、ありがとう」
「ですからルリさま、この盗撮をした狼藉者をめじろが処罰してもいいですか?」
「だめです」
「すずめも! すずめもやりたいです! ちゃんと手加減して仕留めますから!」
「だめです」
「ルリさまぁー!」
お菓子作りに参加したいというような軽いノリで物騒な許可を求めないで欲しい。梅コンビとミコト様も、うしろで優雅に挙手しないでほしい。却下を告げると、全員がガッカリしたように肩を落とした。駄々をこねても無駄である。
「とりあえずすずめくん達は先にお屋敷に帰っててもらっていい? 大所帯だと目立つだろうし、ミコト様がいれば大丈夫だろうし」
「すずめも行ーきーまーすー! ねっ主様いいでしょう?」
「めじろもお供します。ルリさまをきちんとお守りせねばなりません」
男の子姿の小鳥コンビは、一番かわいく見える角度で見上げながらおねだりをしてくる。めっちゃ可愛いが、見世物ではないし大人数で行って相手を刺激させるようなことはしたくない。弁が立つ2人のことなので、連れて行ったら絶対にちゅんちゅんと相手を煽るだろうし。
何より昇降口で待っている百田くんの調子をこれ以上悪くさせることは避けたい。ミコト様だけが良いとお願いすると、しばらく悩んだ後にすずめくん達を説得してくれた。諭されてすずめくんは、鳥の姿でよく見るようにぷっと膨らんでスネている。
「主様のいじわる! 今日のお献立は辛いもの尽くしにしますからね!」
「すぐに帰ってこないと写真を一枚ずつ鯉にやってしまいます」
「な、なんと……ああ、待て、それだけは……」
「ごめんねー。すぐ帰るから待っててねー」
捨て台詞を吐いたすずめくんとめじろくん、そして梅コンビに手を振って、下駄箱に凭れて待っていた百田くんと合流する。百田くんはミコト様にはピシッと綺麗な礼をしたけれど、顔を直接見ないようにとすぐに視線を下げたままだ。
「百田くん、具合平気?」
「まあ、なんとか。それより大丈夫だったか? 変な気配が湧いてたけど」
「私はミコト様がいたから大丈夫だったよ。百田くんも大沢くんが何かしたってわかったの?」
苦々しげな顔になった百田くんが頷く。
昼休み、私を迎えに来たミコト様と一緒に百田くん達から離れてから、変な気配が大沢くんを取り巻き始めたそうだ。百田くんは人によって体調の変化がオーラのように見えることがあるそうで、はじめは具合が悪いのかと思っていたらしい。けれどそれは少しずつ濃くなっていって、最近あちこちに転がっていた悪意の塊のようなものと同じだということに気が付いたのだそうだ。
皆で食べていた昼食を中座した大沢くんを追っていくと、ガラスの割れる音が聞こえた。それで追いかけて問い詰めると、いきなりキレたように怒鳴ると、変な気配に紛れて消えてしまったらしい。近くに気配はありそうだったので校内を探し回っていたけれど、見つかる前に時間が来て、教室に戻れば例の写真騒ぎがあり対処しているうちに何か妙なことが起こっていることに気付いて心配していたということだった。
「すまん、ずっと近くで作業してたのに気付けなかった。彼女を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません」
「百田くんのせいじゃないよ」
私に軽く謝り、それからミコト様にしっかりと頭を下げる。百田くんからすると力のある神様だということがわかっているので礼を尽くしているのだろう。ミコト様が百田くんに対しては何かちょっと態度が大きいというのもあって、丁寧な対応になっているのもあるかもしれない。今も私の手を握ったままで「うむ」と頷いただけだったし。握力検査のようにぎゅっとその手を握ると、渋々といった感じでミコト様は「そなたの責ではない」と付け足した。
「そなたは私があれの玉の緒を切ると思うておるようだが、そうはせぬ。すでにほつれておるものに手を加えるまでもない」
「やっぱり、大沢は危ない状態なんですね」
玉の緒っていうのは、命のことだと授業で習った気がする。だとすると、大沢くんは死にかけているという意味になる。ミコト様を見上げると、それを肯定するように頷かれた。
「えっ、じゃあ大沢くん、マジで具合悪いの? 物理的に? 病気とか?」
「そんな感じじゃなかった。どっちかっつーと、悪霊とかに憑かれて魂吸われてるみたいな感じだな。いきなり弱々しくなっていってる」
私とミコト様と百田くんは、とりあえず大沢くんがいるらしい西側の公園の方へと向かうことにした。歩きながら訊くと、どうも妙な感じだったと百田くんが言う。少し前までは何ともなかったようなのに、最後に大沢くんに会ったときにはいきなり老人のように弱っているように見えたのだという。
「それって、何かアヤカシの力を操ってるせい? 何か強い力がないと出来ないんでしょ? それで生命力的なものを使っちゃったってこと?」
「俺としてはそもそもそれが納得行ってない。大沢ってすげえフツーの奴でさ、何か力とか全然感じたことなかったんだよ」
普通に暮らしている人の中にも百田くんのような不可思議な力があるという人はいるらしく、その中でも強い百田くんは同じようなタイプの人がいればわかるらしい。百田くんの解説によるとそれは本能のようなものなので、多かれ少なかれ持っているという人は結構いて、その中でも自覚している人もしていない人もいる。力が大きくてもその自覚をせずに暮らしている人もいるし、小さくても波長のようなものが合いやすく日常で変なものを見るという人もいるらしかった。
「クラスにもちょっとは霊感とかあるやついるぞ。でも大沢はそういうの全然なかった」




