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迷妄1

「る、ルリ、その、もう大丈夫であるからその」


 普段の絹の感触とは違うミコト様の服に顔を埋めていると、ミコト様がもぞもぞこしょこしょと喋った。顔を上げると、照れて顔を赤くしたミコト様が困った顔でこっちを見ている。周囲には誰もおらず、机が等間隔に並んでいる。


「ここって……教室?」


 黒板があり時計があり、掲示物が貼られている。うちのクラスは真っ黒に覆ってお化け屋敷にしているし、文化祭の最中の今全く使われていない教室というのはあり得ない。何より、黒板には色とりどりのチョークを使って華やかな絵が描かれていた。


「入学式の絵だ」


 一年生のとき、初めての担任が美術の先生だった。なので入学式の日、教室の黒板に桜の絵と踊るような「入学おめでとう」という文字が目一杯描かれていたのだ。綺麗だったけれど、先生が自己紹介のためにすぐに中央を消して名前を描いたので写メにも完璧な絵は残っていない。けれど今黒板にかかれている絵は、どこも消されたところがなかった。


「妄想で作られた世界とでも言おうか、ここは現し世とは違った世界。作られた過去や未来が交じることもあろう」


 どういうことなのかと訊いてみると、ミコト様はそう説明してくれた。足元がおぼつかなくなった他には特にワープをした感覚はなかったのに、知らないうちに妄想ワールドへと移動していたらしい。


「そういうのってやばくないんですか? 何か相手がこう、私達を殺そうと思ったら殺されちゃったりとか、相手の精神が壊れたら閉じ込められたりとか」

「おかしなことを、ルリには私がついているではないか」


 フフフと余裕そうに笑われて、ちょっと悔しかったのでみぞおちに頭突きをしておいた。ミコト様は一度咳をしてから、こういう場所はご神力の力が効きやすいので心配することはないと教えてくれた。

 私とミコト様が普段暮らしているあのお屋敷も、ここと似たようなものだといえるらしい。確かに、おんぼろの神社のお社から物理的にありえない状況になっている。お屋敷はとても広いし様々なものがあったり時々リフォームされていたりするけれど、この世界はこの教室しかないそうだ。窓の外やドアの向こうにも空間があるように見えているけれど、実際に行こうとすると行けないらしい。


「よほど力がなければ間を作れぬし、作ってもいずれ綻びが出来てしまう。ここもそう長く保つものではないだろうな」

「ミコト様、すごいんですね」

「う、うむ」


 テレテレしているミコト様をつついてしばらく経ったけれど、私とミコト様以外に誰も来ない。ヒマなので入学当初の私のイスになぜか楽しそうなミコト様を座らせて長い髪の毛を触らせてもらっても、顔半分を覆うように髪を持って来て前に垂らす感じの三つ編みが完成してもそれは変わらなかった。髪ゴムの余りをミコト様がしげしげと眺めている。半透明でラメが入っているのがお気に召したらしい。沢山ポケットに入れているので3つほどあげるとニコニコしていた。


「だーれも来ませんねえ。何か意味あるんですかこれ?」

「来ぬというか、じっとこちらを見ているやつはおるが」

「えっ、きも……」


 つい本音が出てしまったけれど、教室にバラ撒かれた写真を撮ったのがこの世界を妄想した人だとすると納得できるかもしれない。ポケットに入れた写真を取り出して、さっき起こったらしい出来事をミコト様に話す。ミコト様は顔をしかめて写真を眺めていた。


「何と卑劣な……垣間見はまだしも、このように我がものとして持ち歩こうとは」

「ちょっと気持ち悪いですよね。誰が撮ってるのかも全くわかんないし」

「付け回して、卑怯な奴め」

「ミコト様」

「人の子なぞ取るに足らぬと思うておったが、こんなことをするなどと……うむぅ、許せぬ」

「ミコト様」


 立ち上がって義憤に駆られたような顔をしているミコト様の、腕を何度か引っ張ってこちらに意識を向ける。


「どうしたルリ、怖がるでないぞ、私が懲らしめてやる」

「いやそうじゃなくて、写真」

「うん?」

「写真、なんでしまったんですか」


 スッ……とナチュラルな動きでミコト様が私の写真をパーカーの中にしまいこんだ。

 私は手を出す。

 しばし沈黙が流れる。


「それでその、この犯人というのは……」

「いや、返してくださいよ」

「いやその、この絵からはよからぬ気が出ている……ような気がする」

「嘘でしょそれ」

「嘘……というばかりではない」


 私が近付くと、妙にポケットを遠ざけるようにミコト様が体をひねる。手を伸ばすと、むにょむにょと何か弁解めいた音声を流しながら後退る。手でポケットを抑えて、子供のようにイヤイヤと頭を振っている。

 何してるんだ、この人。いや、何なんだこの空気。






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