ブンカサイ3
ミコト様に連れて行かれるがまま中庭から少し行ったところの校舎裏に行くと、そこに長机が1つと折りたたみのイスが人数分用意されていた。訊くと、白梅さん達がお願いすると快く貸してくれたらしい。美人って得だ。
「ルリさま見てください! 輪投げで満点取りました!」
「めじろはくいずで全問正解しました」
「わーすごい。さすがだね」
「ルリさま、近頃のお芝居って変わってるのねえ」
「西洋のお話面白かったわ」
「うちの演劇って舞台装置がすごいらしいですね」
フランクフルトだのたこ焼きだのをぱくつきながら、すずめくん達が嬉しそうに喋っている。文化祭を満喫してくれたようで何よりだった。一人、ミコト様だけが黙ってたこ焼きのタコをつついている。いつもニコニコしているミコト様からすると、少しテンションが低いように感じた。
「ミコト様、たこ焼き美味しくないですか?」
「いや、そんなことはない。タコは熱いが……」
「ルリさま、お気になさらないでください! 主様は文化祭が告白日和だと聞いて気が気でなかっただけです!」
「すっすずめ! 早うこれも食べるがよい!」
「今頃ルリさまはどうしているだろうか、見に行ってはならぬか、とずっと上の空でした」
「めじろっ!」
確かに文化祭の準備を通じて仲良くなった男女が今日明日でくっつくというのはよくある現象だけれど、何を心配しているのだろうか。時々百田くんの顔色が悪くなっていたのは、ミコト様がうろついていたからなのかもしれない。
じっとミコト様を見つめていると、気まずそうに串に刺したタコを食べる。
「その、ルリはとても可愛らしいし、今日は特に愛らしゅう着飾っておるし、優しく気が利く女子ゆえ、道理の分からぬ若者が煩悩に駆られはせぬかと」
「いやほんとに何考えてんですか」
贔屓目にも程がある。最近の噂のせいで知らない人に見られることが多いのは確かだけれど、そんなにポジティブな理由ではないし、行事に関連した出会いも特にない。毎日顔を合わせて学校の話題を出していたのでミコト様も知っているはずなのに、放課後手が触れ合って……、とか、資材が崩れそうになって助けた相手に……、とか何かブツブツ言っている。とりあえずめじろくんはミコト様に少女漫画を与えるのをやめて欲しい。そしてミコト様は妄想の世界から帰ってきて欲しい。そこに私はいません。
「ミコト様、早く食べないとアイスの天ぷら溶けちゃいますよ。これ美味しいんですよ。天ぷら屋の息子が揚げてるらしくて」
「あ、あいすを揚げたのか? どうやって?」
「早くしないと私が全部食べちゃいますよ」
「ま、待っ、熱っ」
ミコト様はハフハフしながらたこ焼きを一生懸命食べだした。私も1つ手伝って、アイスの天ぷらを渡す。少し溶けかけていたけれど、衣の熱さとアイスの冷たさのコントラストが美味しかった。油分と糖分の最強タッグであることは考えてはいけない。
「あっ、ルリさま、もうすぐ午後のだんすばとるが始まります!」
「あー校庭でやるやつね。私はそろそろ行かないとだから」
「主様、見に行ってもいいですか?」
「うむ。あとで行こう。梅らとはぐれるでないぞ」
あと10分くらいで戻らないといけないのですずめくん達を見送ると、ミコト様は残って私と一緒にいてくれるらしい。折りたたみイスに座ったまま、ペットボトルのお茶を優雅に飲んでいる。
「その、ルリは楽しんでいるか? あれこれ仕事をしていたのだろう?」
「楽しかったですよ。うちのお化け屋敷、結構人気でした。あとで皆で来て下さい」
うむ、と頷いたミコト様が、ふと顔を上げる。何かあるのかと見上げようとした瞬間に、ミコト様にぐっと引っ張られて椅子から腰が浮いた。ふわっと香ったいい匂いと同時に、何かが壊れる高い音が聞こえる。
「……なんと稚拙な小細工か」
私を抱きしめながら、低い声で少し嗤うようにミコト様が呟く。それから全く正反対の声で、私に優しく声を掛けた。
「ルリよ、怪我はないな?」
「ケガ、ないですけど……何が起こったんですか?」
少し緩められた腕の中で周囲を見渡すと、机の上に沢山のガラス片が落ちていた。大きな破片もあるが細かいものもあって、周囲の土がキラキラ光っている。見上げると、私達がいる場所のすぐ近くのガラスが二枚ずつ、全ての階で割れていた。校舎の中でも気付いたのか、ざわめきが近付いてきているのが聞こえる。気がつくと、獅子ちゃんがすぐそばでおすわりしてこっちを見上げていた。
座っていたイスには鋭利な欠片が刺さっている。それを見て少しぞっとしてミコト様に抱き着くと、怖がることはないと穏やかな声で囁いてくれる。
「児戯のような術だ、私がおらぬとも守り札や依代が防げたであろうものだ」
ミコト様は良い声なので、なんかアルファ波とか出ていると思う。割と怖い出来事のような気がするけれど、ミコト様が大丈夫といえばそんな感じがしてくるから不思議だ。
とんとん背中を叩いて、ミコト様が私の顔を覗き込んだ。優しく目が細められている。
「私がそなたを護っておるから誰もルリに手を出せぬ。指一本な」
「はい」
「望むなら連れて帰るが……今日を心待ちにしておったであろう? 何も恐れることはないと思うて楽しむがよい」
なんだかんだと文化祭を待ち遠しく思っていたのを知っているので、ミコト様は私が安心して楽しめるようにしてくれるつもりなのだろう。ありがとうございますとお礼を言って更に抱き着くと、ミコト様はうむと頷いて背中を撫でてくれた。しばらくすると、顔を赤くしてギクシャクしだした。




