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悪意の行方6

 真っ白な顔で額に汗を浮かべている百田くんは、目が合うなり勢い良く顔を俯けた。制服ではなく野球部のユニフォームを着ていて、肩が僅かに上下している。まだ外から運動部の声が聞こえているので、部活の途中で何かしらの気配を察してここまで走ってきたのかもしれない。


「百田くん、」

「そなた、視えるのだな? そこの始末をするがよい」


 何か、ミコト様、エラそう。いや、偉いんだろうけど。

 上から目線な態度で言ったミコト様に、百田くんは絞り出すような声でわかりましたと返事をした。ミコト様の気配で具合が悪くなる仕様の百田くんなので、ここにいるのも気持ち悪いかもしれない。とりあえずどこかに移動しないと、と足を動かすと、百田くんが私に声を掛けてくる。


「LL教室の鍵、借りてきた。目立つから、とりあえず」

「あ、ありがとう」


 鍵を手渡されてお礼を言うと、百田くんは目も合わせずに頷いて口元を抑えながら入れ替わりに数学準備室へと入っていく。LL教室は一階下にあって場所も近くなので、ミコト様が注目を集めない内にとりあえず移動することにする。


「ミコト様、なんか百田くんに対して態度悪くなかったですか?」

「別にそうは思わぬ」


 LL教室に入ってカギをかけ、冷房を入れながらミコト様を見ると、言葉とは裏腹にぷいっとそっぽを向いた。なんだこの神様。


「いや、おかしいでしょ。何なんですか? 百田くん顔色悪かったけど親切な子ですよ」

「知っておるぞ。ルリとやたらと連絡を取っておるモモダであろう? あのすまほとやらでちまちまと文を送りつけて……」


 私の文にはろくに応えもないのに、モモダとはよう送り合っておるのであろう。

 ミコト様は整った顔に付いている形の良い唇を尖らせてブチブチと文句を呟いていた。


「ヤキモチ?」

「そ、そ、そんなことはない。モモダはルリの幼いころからの学友というだけの関係なのだろう。同じ学び舎に共に通っていたと言うだけの、たったそれだけの相手なのだろう」

「そうですけど」

「毎日毎日、来る日も来る日も共に……学び舎に……」


 くぅとミコト様が袖で顔を隠し、左手でぎゅっと引き絞っている。絹の高そうな布なのであんまり粗末に扱うと心配だ。私の肩に乗っているすずめくんを見ると、すずめくんはどうでも良さそうに小さなクチバシで欠伸をした。ぶるっと身を震わせたあと、ふっくら膨らんでおねむの姿勢である。


「まぁまぁ……ミコト様、百田くんはお兄ちゃん気質で色々と心配してくれていただけですよ。霊感あるだけに何かと気を利かせてくれるし」

「わっ私の方が気が利くぞ! 今日もルリが話し合いでいじめられやせぬかと待ち構えておったし、疲れて帰るだろうと思うて蘇のけえきを焼いてある!」

「そのケーキって何ですか? どのケーキ?」

「蘇だ。あの、ほれ、牛の乳の……なんとかいう」

「チーズケーキか。やったー」


 私が喜ぶと、ミコト様が嬉しそうに頬を染めながらどや顔をした。ベイクドチーズケーキは美味しくて好きだ。ミコト様がちょいちょいキッチンに入って料理のスキルを上げているので、最近おやつの時間が楽しい。


「今日あたりコンビニのやつ買おうかなーって思ってたんですよ。さすがミコト様」

「そうであろう、そうであろう」


 うんうんと頷きながら、ミコト様が私の肩に手を伸ばしてパパッと払う動作をした。眠そうに膨らんでいるすずめくんを指でどかすと、「ルリの肩で寛ぎおって……」と呟きながらそちらも手で払う。埃か何かを落とすような動きに似ていたけれどすっと背中のあたりも払う顔は真剣だった。


「私の体に何か付いていましたか?」

「大したものではないが、この気配は徒人ただびとのものではないな」

「えっどんなのですか? ヤバそうなやつ?」

「妖に近いように感じるが、あまり馴染みのないものだ」


 不快そうに顔を顰めて、ミコト様がパンパンと手を払う。

 先程のスマホが少し変だったことや、委員長達の普通じゃない様子は、誰かがドッキリとして仕掛けるには疑問が残ることが多いように感じる。だからアヤカシが関係しているというミコト様の言葉は説得力があるように感じた。ミコト様は神様なので、人間や妖怪よりもうんと力がある。相手が神様でないのであれば負けることはないのだろうけれど、それでも学校の中でそんな存在の気配があるということに驚いた。


「もしかして、噂とかもそのアヤカシが関係してたりしますか?」

「人の心を弄ぶ質の悪いものもいるからな。心に隙のある者であれば付け込まれることもあろう」


 憎んだり嫉妬したり、誰かのことを過剰に考えている状態というのは、心に隙が出来るらしい。自分の人生なのによそ見をして歩いているようなものだと言ったミコト様の言葉に納得する。そういう状態につけ込んで悪意を大きくしたり、破滅させたりするようなものもいるらしかった。


「そんなアヤカシがいるんですか」

「妖だけに限らぬ。人にもそういう者はおるし、神でもそういうことを好む者もいる」

「あ、そうか。確かに人間でもいますね」

「人にしては強い力を持っておるので妖ではないかと思うが、ルリの父君やモモダのように人には稀な力を持つものもおる」


 お父さんは生前から霊感みたいなものがとても強い人だったらしい。そういう人は力を欲しがるモノに狙われやすいし、きちんと自律心を持っていないと力を上手くコントロール出来ずに振り回されてしまうこともあるのだそうだ。霊感がない人に対してもそういう人は影響力が強いので、きちんと自分を制御できるかどうかで周囲の環境も変わっていくのだという。


「へぇー。ミコト様色々知っててすごい」

「そ、そうか。もちろん、ルリはそのような悪しき力から護るから安心するがよい。私が、きちんと護るぞ」

「はい。頼りにしてます」

「うむ」


 胸を張って頷いたミコト様は、とても嬉しそうにニコニコしている。とりあえず機嫌は上向きに戻ったようだった。うきうきした雰囲気を振り撒いているので、百田くんの体調も落ち着いているといいけれど。






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