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倉庫の怪3

「いやこれはマジで怖いから! 誰か来てー! ミコト様ー! 閉じ込められたー!」


 ばんばんと扉を叩いてみるけれど動く気配もなく、ついでに叩いた音が響いている感じすらしない。真っ暗で肌寒くて不気味な空間に、スマホのLEDだけが光っていた。けれど、もうこれを使ってあちこち見て回る気にはとてもなれない。

 なぜなら、どう考えても私の後ろから音がしているからである。


 かたーん、とん、とんとん……


 誰もいないのにそんなに音を立てないで欲しい。いないならいないで静かにしてほしいし、いるならいるでしっかりと自己紹介をして安全な距離を保って欲しい。


「ミーコートーさまー!! っひぎゃあああああ!」


 すす、と足首に何かが触れた。壁に張り付きながらも足をジタバタさせつつ横に移動する。握りしめたスマホをかざしてみるけれど、どこを見てもゾンビだとか幽霊的な姿は見えない。ネズミのような足音もなかった。


「こわいってこれー!」

「ほっほっほっほ……これこれ、そう驚かしては可哀想であろ」

「誰かいるー! いやあああこんにちはああああ」


 すぐそばでおじいさんの声が聞こえてきた。

 出来るだけ壁から背中を離さないようにしつつ、素早いカニ歩きで遠ざかる。


「これ、これ。何も怖いことありゃぁせんよ」

「いやもう今絶賛怖い中だから。ミコト様はやくして」

「ようく見てみなされ。いやいや、人には暗いかな。灯りや、どこかね」


 おじいさんが倉に投げかけるように声をかけると、ぽうっと奥のほうが明るくなる。ガタガタと音がしてその明かりが近付いてきた。


「いやおかしいでしょこれ普通に動いてるし」


 すずめくんが灯台と呼んでいる灯りがなぜかひとりでに動いて地道に近付いてきている。黒くて細長い棒の上が平たくなっていて、そこに受け皿を乗せているやつで、私が寝る部屋の明かりにもなっているやつだった。左右に揺れながらちょっとずつ進んでいるけれど、火の付いた芯が乗っている受け皿には灯油が入っているので見ている方がハラハラする。


「ほれこちらじゃ、お若い娘さん」

「ほんと怖っ! えーっとどこ? ですか?」

「その光はなんとも眩しいのう。星を掴んでおるのかの」

「いえ、LEDです。うわまた足! 何?!」

「いちいち驚かんでええぞえ」

「鞠?!」


 右足にぽんと何かが当たって飛び退くと、そこにはさっきの鞠が転がっていた。箱を置いた方を見ると、しっかりと蓋をして大きな箱の中央あたりに置いたはずのそれがまた横転して蓋を投げ出しているのが見える。ライトを当てて足元の鞠を凝視していると、鞠はやがてころりと動いた。


「どういうこと……」

「娘さんを気に入ったようじゃなぁ。それは元々わらわが持っていたもののようじゃから」

「いやほんとに意味がわからない……おじいさんどこ…………おじいさん……壁……」

「壁じゃのうて、屏風じゃ屏風」

「ぼーぶ……」


 ぼーぶ、ではなく屏風のなかに描かれた、頭がつるんとしていて白い髭の長いおじいさんがにこにこと笑って手招きしている。

 屏風には日本画のような、中華っぽいようなそんな絵が書かれていた。遠景として墨の濃淡で描かれた山は細長くまっすぐで雲がたなびき、手前の岩や生き生きとした竹の間を川が流れている。その近くに桃の木が生えていて、ふもとの岩におじいさんが座って釣りをしていた。

 スマホをじっくり近付けて見てみても、やっぱりおじいさんが手を動かしている。しっかり照らしながら矯めつ眇めつしていると、灯台が寄ってきて明るくなった。


「あ、どうも」


 お礼を言うと灯台がガタガタ揺れて危ない。ついでに鞠もいつの間にか転がって来ていたらしく足元にあって危ない。


「怖がらせようとは思わなんだよ、そやつらもな。ただ人に会うのが嬉しゅうてしょうがなかったのじゃろう」

「そうなんですか……もっとマイルドにお願いしたかったです……」


 足を退けると、それを追って鞠がころころと近付いてくる。じっとしていると、足の形に沿うようにくるくると回転しながら一周して、それからころんころんと足の甲に乗り上げては転げ落ちている。

 懐いているのか、謝っているのか、それとも登ってさらに驚かそうとしているのかはわからないけれど、とにかく急に軌道を塞ぐとか何か悪いことを仕掛ける様子ではなさそうだ。灯台もじっとしている。


 そっと手を差し出すと、鞠がころんっと手のひらに乗っかった。綺麗な模様なので可愛いっちゃ可愛いように見える。見つめ合っている、かどうかはわからないけれどじっと見つめていると、べぇんと音が聞こえてきた。もうびっくりさせるのやめて欲しい。

 べぇんべぇん、ポン、ヒヒーン。


「結構騒がしいですねここ……」

「まぁそうじゃろう。みなが人を待ちわびておったのじゃからのう。良ければここへ来て一休みしていかんか?」

「なんかこう捕まったまま一生絵の中で暮らすエンドになりそうなのでやめておきます」

「ほっほっ、もうそんなことはせんよ。ほれ、ちょうど魚が釣れたところじゃ」

「うわ」


 絵の中のおじいさんが釣り竿を持ち上げると、糸の先に魚がかかっていた。びちびちと跳ねるそれを眺めていると、川のせせらぎが聞こえてきて、それがどんどん大きくなり、めまいがしてふらついた。その一瞬あとには、竹の青い匂いに飛び交う鳥の声、ざーざーと流れる川の飛沫の涼しさがリアルに感じられる。

 おじいさん、拒否権ないじゃないですか。

 とりあえず明るいのでスマホのライトは消しておくことにした。






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