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悪意の行方5

「えっと……録音してたってわかってるよね? 再生する?」

「すればいいじゃん! してない噂まで人のせいにしないでよ!」


 スマホを操作しても、委員長は狼狽える様子はない。むしろ、自分の言っていることを証明するために録音した噂話を再生してほしそうな感じもした。その様子があまりにも堂々としているので、私の方が混乱する。

 トイレで自分の悪口を訊いた時、確かに頭に血が上った。けれど、言われたことを勝手に作り出すほど正気じゃなかったというつもりはない。

 私が援交をしているらしいという話、家庭が複雑で虐待を受けているらしいという話、そして今住んでいる家の同居人にベタベタしているという話。その3つを聞いたのは確かだ。はっきりと内容を覚えているわけではないけれど、その日の内に軽くミコト様達に話もしているので、後から脳内で過剰に盛ったということも考えにくい。


 どういうことなんだろうと思いながら、アプリを呼び出す。冷静に聞ける自信がなくて録音をしただけで一度も聞いていないけれど、ボイスメモは一件だけ、しかも日付もきちんと入っているので間違いようがなかった。

 全員の視線がスマホに注がれる中、再生ボタンを押すと会話が聞こえてきた。音量を最大にして、聞き取りやすくする。


『……何か家がフクザツらしいよ? あーお母さん死んじゃったんだっけ……』


 嬉しそうに噂話をする声のトーンが気持ちを下げる。それは私だけではなかったみたいで、自分たちの声を聞いた委員長達3人の顔も暗くなっていた。自分が喋った陰口を録音されて聞かされているのだから、ある意味普通の反応かもしれない。

 話題は私の家庭の話に移り、苦々しい気持ちでそれを聞き流していると、突然雑音が入った。


『ザッザッ……ブツッ……』


 出来るだけ音を立てないようにしていたのでおかしいなと思っていると、雑音のあとで音が途切れる。まだ再生中のマークが出ていて残り時間があるのでそのまま待っていると、いきなり音が響いた。

 ホーとかポーとか、少し高くて一定の長い音だ。テレビで番組がないときにカラーバーだけの画面と一緒に流される音とか、聴覚検査の時に聞かされるような音に似ていた。音量がものすごく大きくて、慌てて音量の操作をするけれど、音が小さくならない。


「ちょっと! なにこれ!」

「一旦止めてー」

「ごめん、待って」


 委員長達が耳を塞ぎながら叫んだ。

 うるさいのといきなり変な音が再生されたのとで焦りながら停止ボタンを押す。なのに、何度タップしてもスマホは反応しなかった。ずっと響いている音が大きいせいで僅かに頭痛がする。顔をしかめながら電源を切ると、スマホの画面が真っ暗になった。

 それなのに音は止まない。

 うるさいから早く止めてと言っている委員長達に画面を見せると、彼女らも気付いたようで顔を強張らせた。

 この音は、スマホから出ていない。


 どういうこと、という気持ちで、委員長達と顔を合わせる。青い顔をしているのが見えるけれど、自分も同じような顔色になっているんだろうなあと思った。耳を塞いでいた委員長が、手を外してこちらに伸ばす。フラフラと近付いてくるのを見ていると、いきなり声が聞こえた。


「狛犬!」


 大きな犬が吠える声と同時に、私の手に衝撃が走ってスマホを落とす。伸び上がった狛ちゃんが大きな口を開けて委員長に飛びかかった。首筋に噛み付いて床に押し倒すと、着地した勢いで再び飛び上がって他の2人にも噛み付く。陶器が割れたような音が3つ響いて、委員長達は倒れたまま動かなくなった。


「……ミコト様!」


 異様な光景に後ずさりながら叫ぶと、温かい手が視界を覆った。


「ルリよ、大事ないか?」


 そっと体の向きを変えながら囁いた声に、思わず抱き着く。ミコト様の香りは、パブロフの犬のように私を落ち着かせるのだ。何度か深呼吸して、それからハッと体を起こした。


「ミコト様、狛ちゃんが委員長達に噛み付いちゃった!」

「案ずることはない、体を傷付けてはおらぬ」


 狛ちゃんはまだ唸りながら、狭い準備室の中をうろついている。どっしりとしたその足は委員長達の首元を順に踏んで回り、そして私の落としたスマホも踏みつけては唸っている。倒れている委員長も他の2人も、白い顔で意識はないようだけれど首に怪我はしていないようだった。直ぐ側では男の子の姿に戻ったすずめくんが心配そうにこちらを見上げている。あの時、狛ちゃんの名を叫んだのはすずめくんだったようだ。


「ルリよ、屋敷へ戻ろう。後始末は他へやらせる」

「待って、待ってください。どういうことなんですか? スマホが何か変になって、変な音が出て、止めても止まらなくて……委員長は大丈夫なんですか?」


 私の背中に手を回したミコト様を制して質問すると、ミコト様は少し顔をしかめた。けれど、このまんまで私だけ帰るわけにはいかない。3人が気を失ったままなら保健室や病院へ運ばないといけないし、友達も私が戻ってくるのを待っている。

 何より、不可解な出来事をそのまま放置していくのが気持ち悪かった。理由を知りたいと言うと、ミコト様が溜息を吐く。


「ルリがそう言うのであれば連れて帰れぬ……狛犬、よい。すずめも鳥へ戻れ」


 ミコト様に声を掛けられると狛ちゃんはパッと離れて窓から外へと飛び降りていった。すずめくんも、心配そうに私の手をぎゅっと握ってから鳥のスズメへと変身して、私の首筋にピッタリと寄り添う。


「さて、まずはここから出ねば」

「待ってください」

「これらが心配なのだろう? 人手を借りねば連れ出せぬ」


 そう言って私の手を握ったままのミコト様がずんずんとドアに向かって歩き出す。触れるでないぞ、と念を押されて委員長達を踏まないように飛び越すとドアの外に顔色をなくした百田くんの姿があった。






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