悪意の行方3
朝、アラームを3秒で止めて起き上がる。ストレッチして顔を洗って庭に降りた。麦わら帽子を被って箒で夏の庭を掃き清めて、秋と冬の庭で果物を収穫する。終わったら手を洗って夏の庭まで戻ってきて、小さな金ピカ社の前で鈴を鳴らした。
「呼んだか?」
「うわっ いえ、呼んで……ましたね」
カランカランと音がしてすぐ、しゅっとミコト様が後ろから顔を出した。神社でお参りをしようとしたけれど、この小さい社のご本尊? 御神体? はミコト様なわけで、でも本人に拍手してお参りするのは何か違うような。
結局私は、わくわくした顔のミコト様の横でお社に手を合わせた。目を瞑って、決意を心の中で宣言する。
「ふむ……ルリよ、刀を持って行くか?」
「いや勝ちに行くってそういう意味じゃないから。あと銃刀法違反で逮捕されますよ多分」
ガチャガチャ鳴っている刀はもうきちんとしまっておいて欲しい。大体のものは斬れるぞとか言われても別に魅力は感じない。高校生で前科持ちは避けたいので丁重に断って、ミコト様と手を繋いで広場まで朝食をとりに行った。
「ルリさまおはようございます! さあさ、お座りになってください!」
「おはよう……朝からカツ丼?」
「勝利の願掛けに食べるのでしょう? すずめがさくっと揚げました!」
流石にこぶりなサイズではあるものの、いきなりヘビーな食事を持ってくる。昨日寝る前に、明日は気合い入れて行くんだーとか話していた余波がここで出るとは思っていなかった。
ピンクのカフェオレボウルに炊きたてご飯と出汁があってなおサクサクの衣が残るカツ、それらがふわっと卵とじになっていた。中央には「勝」という字が刻み海苔であしらわれ、周囲を彩る三つ葉の葉っぱがさながら勝利の月桂冠のようである。
「……美味しい! さくふわ! お肉やわらかーい!」
「たんとお召になってガツンとやりましょう!」
「いや、別にぶちのめしにいくわけでは……」
朝っぱらから結構重いなあと思いながら食べ始めたけれど、そんな気持ちは一口目で吹き飛んでしまった。なめこの入った赤だしのお味噌汁とたくあんも美味しく完食し、小さいスモモまで美味しく胃袋に収まった。エネルギーが体に充満したような温かさを感じながら着替えて、ミコト様達に手を振って出掛ける。
「ルリよー、くれぐれも気を付けて行くのだぞー」
「はぁーい、いってきまーす」
お社を出ると車が停まっていて、蝋梅さんが助手席を開けてくれた。スズメ姿になったすずめくんは、私の手の上で熱心に羽繕いをしている。翼の羽を一枚ずつクチバシで手入れしているのを見ていると、一枚外れたらしく咥えてカミカミしていた。手を出すと、それをぽとっと落としてちゅっと鳴いた。
「羽だー。これもらっていい?」
元気よくちゅんと返事をしてくれたので、ベストのポケットに入れておくことにする。すずめくんがぶるぶるっと体を震わせると、小さい羽がふわんとまた一枚落ちた。
「めじろくんが言ってたけど、生え変わりの時期なんだってね。バテないようにムリしないでね」
こどものふわふわ羽から大人の羽へと換わる時期のようで、しっかり食べさせてくださいとめじろくんが念を押していたのだ。持ってきている鳥の餌も色々と配合を変えているらしい。山の神様のキツネに食べられる前のすずめくんはしゅっとした綺麗な羽で今はちょっとふわふわしているので、生え変わるのは少し惜しいような気もした。
車は校門の前で静かに停まって、降りると手を振る影が見えた。
「ルリおはよー。車送迎とか超お嬢じゃね?」
「みかぽん、のんさん、ごきげんよう」
「挨拶ウケんだけど」
「箕坂」
「百田くんとノビくんもおはよう」
「やべーあの美人じゃん! ハザッス! また会いましたね!」
たおやかな美しさの蝋梅さんはノビくんの好みらしく、野球帽を取って挨拶している。もっと話したそうな雰囲気をやんわりと会釈で流して蝋梅さんは車を発進させた。今日は金曜で文化祭の作業を多めにやる予定なので、帰りは連絡することになっている。
「車運転する女の人もいいわ〜。俺も助手席に乗ってみてー」
「イヤだよ……」
「ミノさん本気で嫌そうな顔するのやめて?」
「あれうちのクラスの看板? けっこー雰囲気出てんねー」
なんやかんや言いながら校舎に入る。昨日の帰り道の出来事は当たり障りのない程度にみかぽんには昨夜話して、帰り道は反対だけど校内ではずっと一緒にいると改めて言ってくれていた。それだけじゃなく、百田くんやノビくんも待っていてくれたことが嬉しい。男子がいるだけでもなんとなく心強かった。
「つか数Bやばくね? マジで宿題多過ぎんだけど」
「ノビ今日当たるんじゃねえの」
「マジか。ノート見せてください」
「やってなかったの? 怒られるよ?」
騒ぐノビくん達の後ろについて教室に入る。すると、女子のクラス委員長と目が合った。
顔色が悪い顔を気まずそうに逸らすけれど、ちらちらとこちらを伺っているのがわかる。
「やー相当ビビッてんじゃね?」
「ルリ結構やるよね。見習わなきゃって思った」
「思わなくていいと思う」
まるで私がスケバンみたいではないか。やめて欲しい。私はただ平和的に最近の問題を解決したいだけである。また休み時間にねーと肩を叩いてみかぽん達が席に戻り、百田くんもちらっとこっちを見てから何も言わずに座っていた。委員長は、血の気の失せた顔で何かいいたそうにこっちを見ては、目が合って顔を背けていた。
今日は運命の金曜日。噂の出処を委員長から聞き出す日である。




