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悪意の行方2

 文化祭の準備が進み、学校全体が騒がしくなってくる。あちこちに作りかけの看板や材料が置かれ、少しずつ飾り付けも始まっていた。

 噂は相変わらず。みかぽんや百田くん達が否定してくれていっているのであんまり酷いものは聞かなくなったけれど、それでもヒソヒソがなくなることはない。放課後も残って作業する生徒が多いせいか、他の学年の人の話に自分の名前が出ているのを聞いたこともあった。


 こういう状態が続いていると、何か話をしているとまた自分の噂をしているのではないかみたいな気持ちになってきてテンションが下がる。更に下げたのは、3年生っぽい男子の集団から声を掛けられたことである。


「なー、ミノサカルリちゃん? だよな?」


 校門を出て学校のフェンス沿いに帰っていると、ガードレールに座って喋っていた数人が立ち上がって道を塞いだ。制服の着方がだらしなく、髪型も凝っているようなタイプだ。相手は4人くらいで、道に鞄を置いている。


「うわ、けっこー可愛いし。なーウリやってるってマジ?」

「いくらくらいなん? 俺全然イケるわ」

「暇してんなら遊びに行かね? おっさんとヤルよりマシだろ」


 うちの学校にもこういうガラの悪い人がいるんだなあと思いながら一歩下がると、サッと後ろから出てきた影が私の前で唸りを上げる。


「うわっ、ちょ、何だよこれ」

「は? マジで」

「っぶね! 来んなって!!」

「やばくね? ケーサツ呼べよ!」


 太い獅子が今にも飛びかかりそうに屈み、牙を見せて喉で唸る。私にとってはもふもふした可愛いおしりの獅子ちゃんだけど、鞄も持たずに逃げていった集団にとっては何に見えていたのだろうか。もしかして、獅子だけにライオンに見えていたりして。それは怖い。

 走っていく集団を見えなくなるまで噛み付きそうな距離で追いかけた後、身軽に戻ってきた獅子ちゃんがおすわりしながら尻尾を振った。


「獅子ちゃん、ありがと」


 ザラザラとした石の触感を撫でながら一緒に並んで帰る。すれ違った人は何も言わなかったので、また普通の犬くらいに見えているらしかった。

 ゆいちいわく、男子高校生というのは性欲の塊らしい。噂を鵜呑みにしてその塊をぶつけてこようとするのは、今ので2回目だった。一度は校内で、みかぽんとゆいちが大袈裟に騒いだせいで相手が逃げたのだ。学校にいる間は友達の誰かが一緒にいてくれるし、百田くんも気にかけてくれるのでツレであるノビくんもいる。顔の広いノビくんがやたらと喋ってくれるので大体の人は変な行動を起こさないというのもあるかもしれない。


 早く噂収まんないかなあと思いながら帰ると、お屋敷に蝋梅さんがいた。


「ルリ、明日から蝋梅の車で学校へ行くように」


 小難しい顔をしたミコト様が決定事項のようにそう言った。お屋敷の中で会うのは初めてである蝋梅さんは、その隣でゆったりと頷く。


「でも蝋梅さんって大学行ってるとかじゃなかった? 平日だし、時間被るんじゃ」

「瑣末なことは気にせぬがよい」

「ルリさま、朝は高校の方が早いですし、蝋梅はもともと融通が利きます。居残ってご準備なさるときは連絡すればよいのです」


 無口な蝋梅さんに代わって、めじろくんが説明をしてくれる。男の子姿に戻ったすずめくんも、私の腕にくっついてうんうんと頷いた。


「ルリさまにはすずめが指一本触れさせませんが、わざわざ嫌な目に遭う隙を残すこともありません」

「……まあ、そうしてくれるなら助かりますけど、授業中とかなら私が少し学校で待ちますよ」

「その間に不逞の輩に近付かれたら何とする。ルリ、明日からも学校へ行くのであれば頷くがよい」


 ミコト様はこの件に関して何も譲る気がないらしい。何だったら学校に行くなとか言いそうなので、私は大人しく蝋梅さんとアドレス交換をした。車で通学だなんてお嬢様みたいだ。

 ご神力で見ていたのか誰かから報告を受けたのか、さっきの出来事をすでに把握しているらしいミコト様は、それでも表情を緩めようとしなかった。すずめくんが目で迫るので、しかめっ面のミコト様を引っ張ってダイニングのソファに連れて行く。先に私が座って両手を広げると、ミコト様が難しい顔のまま頬を染めて、それから溜息を吐いた。隣に座ってそっと私を抱きしめる。


「ルリは手を出すなというが、あれほどの無礼な輩も捨て置けというのか」

「獅子ちゃんに追いかけられてものすっごいビビッてましたよ。誰に話しても白い目で見られるだろうし、どうでもいいです」

「私は憎い。ルリを脅かす者は一人残らず消してしまいたい」

「……ミコト様、傷痛そう」

「痛まぬ」


 ふいっと顔をそむけたけれど、ミコト様の顔がさっきとは少し違った感じでしかめられている。恨みによって広がる傷が反応したのかもしれない。手を伸ばして包帯を隠す仮面をそっと外すと、端の方で僅かに血が滲んでいた。


「もどかしくてならぬ。こんな事になるのであれば、もっと早くに傷を治す手立てを考えるべきであった」

「きっかけは何であれモチベーションが上がってなによりです」

「私の傷がこれ以上深くならぬよう、ルリも安全なところにいてくれ」

「気を付けます」


 よしよしとミコト様の傷のない右頬を撫でていると、段々不機嫌そうな顔がわざとらしいものに変わっていった。それから恥ずかしそうにすまぬと謝る。

 下駄箱はもちろん机やロッカーにもミコト様の依代を張っているので、今のところ他の嫌がらせなども起きていない。だから安心して欲しいとお願いすると、ミコト様は渋々頷いた。


「ミコト様に見てもらえるように文化祭の準備も張り切ってますし、明日は噂のことについて何かわかると思いますから」

「くれぐれも、くれぐれも危ないことはしないように」

「万が一のことがあったらミコト様も助けに来てくれるんですよね?」

「そ、それはもちろんだが、それ以前にだな……」


 心配性のミコト様は、めじろくんが夕食に呼びにくるまでしばらくそこを動かなかった。






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