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悪意の行方1

「上履きがない」


 昇降口で自分の下駄箱を開けて、思わず独り言を呟いてしまった。ちゅんと肩から相槌が帰ってくる。

 昨日まで置いてあったはずの私の上履きが消えていた。周囲の人もなんとなくさわさわしながらも通り過ぎていく。見回してみてもあからさまにこっちを見ている人はいないので、犯人は近くにいないのかもしれない。


「おう箕坂、これな」

「あ、百田くんおはよう」


 来客用のスリッパを借りるべきか迷っていると、野球部の朝練帰りらしい百田くんが私の上履きを持って近付いてきた。少し汚れているけれど名前も書いてあるし、履くのに支障があるほどではない。校舎裏に投げ捨ててあったそうだ。生ゴミにまみれてたり破壊されていなくてよかった。


「もしかして探してくれてた?」

「ああ。ここ通ったらなんっか変な感じがしたから勝手に開けたわすまん」

「いや逆に助かりましたありがとう」

「お前も大変だな。それ、何か入れてんだろ? ここに貼っとけ」


 ちょっと下がりつつ百田くんが指したのは私の鞄である。ファスナーを開けると肩にいたすずめくんが腕をちょんちょんと横にジャンプして下り、それから中に顔を突っ込んだ。くくくくっと引っ張るようにして、クチバシに挟まれた一枚の紙を取り出す。

 簡単に人の形に切り取られた紙は、ミコト様の依代というものである。この紙を持って名前を呼ぶとミコト様を呼べるという不思議アイテムだけれど、私は一度も使ったことがない。心配性のミコト様が量産したその紙は、分厚く折り畳まれて鞄の一角を占領していた。


「これ?」

「うわ……うん、それすごい気配放ってるから、わかんねえ奴でも手出ししにくくなると思うぞ」


 ペラっとした和紙なのに、ミコト様の気配が漏れ出ているらしい。一枚をマグネットで下駄箱の内側に貼り付けて、ローファーを中に入れて閉める。紙一枚で効果があるのかまったくわからないけれど、百田くんからすると異様なオーラを放っている下駄箱になっているらしい。


「しっかし上履き隠すとか子供っぽい嫌がらせだよね」

「噂もちょっと笑えねーしな」


 教室へ向かう道すがら、私は誰かが悪意ある噂をわざと流している説を話してみた。百田くんは真剣な顔であり得ると頷いている。


「つか、神様に目ェ付けられてるような奴、普通は手出さねぇから」

「そりゃ百田くんにしてみればそうだろうけど」

「人間にも野生の勘が残ってんだよ。道端に巨大なトラがいたら普通そこは通らないだろ? ヤバそうなことは普通避ける」

「確かに」


 ミコト様は巨大なトラらしい。もふもふしてみたい。


「やってんのはよっぽど空気読めないか、よっぽどお前を憎んでるか、逆によっぽど好きなやつかもな」

「どれでも嫌なやつだね……」


 教室に着いて、「とにかく俺も探ってみる」と手を上げた百田くんと離れて自分の席へ行く。既に来ていたみかぽんとゆいちがニンマリしながら手招きしていた。


「お・は・よ〜朝からお熱いですなぁ〜」

「おはよ。ゆいちは何言ってんの?」

「やーウチら聞いちゃったんだけどさー」


 クイクイと手招きされて耳を貸すと、みかぽんが私に耳打ちする。

 なんかねー。委員長は百田が好きらしく、仲良いルリが嫌いなんだってさー。


「……どうでもいいわっ! 何それそんな下らない理由?!」

「恋する乙女は暴走トラックだからね〜」

「その格言ウケる。ゆいちも彼氏絡むとヤバイし説得力ありすぎだわ」


 百田くんは小学校の時から登校班やなんかで一緒のことが多かっただけで、別に男女のあれこれになったことなんか全くないし意識したことすらない。なのになんでそんなとばっちりを受けないといけないのか。

 非常に理不尽に嫌われていたと知ると、ムカつくというより脱力する。


「まー好きな相手の近くに仲よさげな女子いたらちょっとムカつくでしょ?」

「うーん……」

「あたしだったら殴るわ〜」


 ここ数年恋愛でのときめきをした覚えがないので仮にミコト様で思い浮かべてみるけれど、ミコト様の近くに誰か女子が親しくしていたら……


「全然想像できない」

「ルリち恋愛回路死んでんよー?」

「なんか……いや想像できない」


 声を掛けたらパッと笑顔になって近付いてくるミコト様しか想像できない。繰り返し見せられて記憶に焼き付いているのかもしれない。

 どうでもいい動機は置いておいて、みかぽんとゆいち、そして遅く来たのんさんの3人には軽く昨日の女子トイレでの出来事を説明した。みかぽんは怒り、ゆいちはニタリと笑い、のんさんは証拠のバックアップを勧めてくる。他の人には聞こえない音量で話していたけれど、私達がちらっと委員長の方を見ると委員長は顔色悪く教室を出ていってしまった。


「なになにー秘密の恋バナ? ノビ子も入れて?」

「違うから。ノビあっち行って」

「ツレないこといわないでェ〜ん」


 ずかずか歩いてきたノビくんが、勝手に顔を突っ込んでクネクネしている。半分くらいまでしか止まっていないワイシャツの下から野球部のインナーが見えているので、半分着替えながら教室までやって来たらしい。邪険にされながらも勝手に昨日コンビニで知り合った他校の女子の話を始め、何だかんだ言ってその話を楽しく聞いてしまった。知らない相手といきなり仲良くなれる能力にかけては彼は一流だ。


「文化祭、会いに来てデートとかになったらどうしよーやべーッ」

「文化祭の入場チケット狙いじゃないといいね……」

「文化祭チケットだけでも狙われるといいね……」

「チケット二枚取られてカップルで来たりして」

「俺泣くけど?!」


 うちの文化祭は、一人4枚ずつ配られるチケットがないと入れないシステムである。見学希望の中学生とかは入れるけれど、近所の高校で事件があったとかで風紀や防犯の観点からチケット制になったらしかった。

 本鈴が鳴って始まったショートホームルームで配られた4枚を眺めながら、微妙に争奪戦になりそうだなと想像する。既にそのうち一枚は、すずめくんがしっかりとクチバシで噛んで確保していた。






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