変化9
「ミコト様ー」
「おお、ルリよどうした? もう出立の時間か?」
アサイーボウルというオシャレ感溢れる朝食を食べた後、制服に着替えてミコト様の部屋に行くと、筆を持って何か書き付けているミコト様がニコニコと返事をした。机には巻物や本が並べられていて、書き終わった紙は乾かすためにめじろくんが両手で持って別の台ヘ運んでいる。
「ごめんなさい、もう仕事中ですか?」
「いや、手紙を書いていただけだ。どうかしたか?」
「お守りのこの紐、余ってたら欲しいなと思ったんですけど」
「少し待っておれ」
すずめくん情報によると、ミコト様は朝早く起きてまず簡単な仕事をして、それから朝食を食べ、少し休憩してからまた仕事に戻るのがルーティーンらしい。大体私が学校に行くまではのんびりしていて、出発するときはいつも寂しそうに見送ってくれるので今日もそうだと思って普通に声を掛けてしまった。
手紙を書いていただけにしては、あちこち古い巻物や紐で結んだ本などが散らかりすぎているような気がする。読めない字で書かれた紙も何枚かあるようだった。
「どのくらい使う? もっといるか?」
「えっと、お守りを首にかけられたらいいかなと思って」
ミコト様が作ってくれた瑠璃色のお守りは、大きさが5センチくらいで袋の口を縛っている紐が同じくらいの長さで付いていた。今までポケットに入れたりして持ち運んでいたけれど、制服に着替えて毎日学校に行くようになったので着替えの時にうっかり移し忘れそうだと思っていたのだ。あまり嵩張るものではないし、上にベストを着れば目立つこともなさそうだと思って首にかけておくことにした。
今付いている紐の部分に新しく紐を結んで首にかけられるようにしようと思っていたけれど、ミコト様にそれを言うとニコニコととても喜んで、お守りを結んでいる紐自体を長くしてくれる。何か可愛いけれど複雑に結んである紐をするすると解いて、新しく長めのものをお守りにテキパキと通した。
長い指が細かく動いて紐の結び目を作っていくのは見ていて飽きない。
「このくらいだろうか? ルリ、一度首に掛けてみせてくれぬか」
「うん」
首を俯けると、ミコト様がそっとお守りを首にかける。長さをあれこれ相談ながら決めて、しょきんと糸切りバサミの音がする。首に掛けた状態のまま結んでくれたので、そのままお守りをブラウスの中に入れようとすると、ミコト様が声を上げて止める。
「ルリよ、しばし」
そっとお守りを手に取って、ミコト様がフッとそれに息をかける。それからもうよいと戻してくれた。
「作ってから間もないが、息を吹き込め直しておこう。ルリをよく守るように」
「ありがとうございます。邪魔しちゃってごめんなさい」
「何も邪魔しておらぬ。あちこち旧き友にご機嫌伺いでも出そうかと思うておっただけだ」
ミコト様が積極的に誰かと連絡を取ろうとするなんてとても珍しい。そう思ったのが顔に出ていたのか、ミコト様が少し照れたように笑いながら肩をすくめる。
「その、薬の行方について探ってみようかとな」
「えっ! どうしたんですかいきなり?」
自分の傷のことに対してはいつも後ろ向きというか消極的というか、やる気のないミコト様だったのに。何が起こったというのだろうか。まさか変なものでも食べたのでは、と心配して顔を覗き込んでいても、特にミコト様の顔色は悪くなかった。いつも通りにこにこしていて、左半分を隠すお面として被っている、お気に入りになったらしいにわか面風のものも楽しそうな笑顔に見えるほどである。
「その、ルリがこれほどまでに力を尽くしてくれているというのに、いつまでも私が渋っているのもどうかと思うてな……ルリが喜ぶのであれば、私も傷を治すことに専念すべきではないかと」
「そんなのもちろん喜びますよ! よかった。ミコト様が治す気になってくれて」
隣町の神社の神様も、ミコト様の傷は本人の気持ちによるところも大きいと言っていた。ミコト様が治したいと思いながら生活すれば薬を探すのにも皆もっと頑張るだろうし、傷の治りももっと早くなるかもしれない。何よりミコト様が傷に対して前向きになってくれたことが嬉しかった。
わーいと喜んでミコト様に抱きつくと、どもりながらもミコト様も抱き返してくれる。学校に行くのがちょっと面倒くさかった気持ちも吹き飛んでしまった。
もう変な噂とかどうでもいいから、早く行って早く帰ってきて薬の行方を探したい。
わーいわーいとミコト様と笑い合っていると、墨をすっていためじろくんがぽそりと言う。
「早くお傷を癒やさねば、おちおちお祟りも出来ませんからね」
「……ミコト様?」
「……うん?」
顔を上げると、ミコト様がすいっと目線を泳がせた。お面まで焦っているように見える。
私は思い直す。
薬の行方を探すだけではなくて、早めに噂についても決着を付けておかないといけないようだった。




