変化7
地鶏の美味しさを活かした親子丼を夕食に食べ終えると、手作りのゆずシャーベットが出てきた。夕食自体はお屋敷で働く人達と一緒に食べることが多いので広間でとることが多いけれど、デザートは片付けを終えて一休みしてから食べるので、ダイニングにあるテーブルで小鳥コンビと梅コンビ、そしてミコト様と一緒に食べることがほとんどである。
「それで、ルリや」
「なんですか?」
シャーベットと一緒に出てきたラズベリーが美味しかったので紅梅さんに頼んでラズベリーマシマシにしてもらっていると、隣に座っているミコト様が優しい声で呼びかけてきた。顔は慈愛に満ちた表情で、手に持っているスプーンで自分のラズベリーを私のところへ分けてくれている。
ちなみに鞠は夕食までは一緒にいてコロコロしていたけれど、同じく丸い姿をしているシャーベットにライバル心を抱いたのかしきりにぶつかろうとしているので今日はもう部屋に返されてしまっていた。
「昼間何かあったのであろう? 辛いかも知れぬが教えてくれぬか、何か力になれることがあるやもしれぬ」
「あー……まあ、そんなに騒ぐことじゃないんですけど」
お母さんのことや夏休みの家出まがいのことなどが、学校で噂のいいネタになっていること。それが独り歩きしてちょっとほっとけないくらいになっていたこと。もちろん友達はそれを信じることなく味方でいてくれているのであんまり気にしてはいなかったことなどを交えて説明する。
ミコト様はうんうんと目を細めて相槌をうちながら、時々黄色いシャーベットを優雅に口に入れていた。
「そうか、そんな状況とは、よう頑張っておったのだな。それで?」
「それで? って?」
「その、流言を放ったのは何という者なのか?」
「まあ色々……クラスのあんまり仲良くない女子とか……」
「名は?」
「え?」
「名を何という? ルリのわかる者全て、教えてくれぬか?」
ミコト様は微笑んでいる。私のお皿にまた1つラズベリーが追加される。テーブルを見回す。白梅さんも紅梅さんも微笑んでいる。めじろくんまでもが、目が合うと優しげに微笑んだ。ひとりパクパクとゆずシャーベットを食べていたすずめくんは、思い出したようにポケットに手を入れて紙を取り出した。
「主様! こんなこともあろうかとルリさまのクラス名簿を写してきましたよ!」
「すずめはよい働きをするな。さあルリよ、この中のどれか?」
「ちょっ……と待っ!」
得意げな顔のすずめくんを褒めて名簿の写しを広げたミコト様から、すかさずその紙を取り上げる。「これルリよ、おいたは後にするがよい」と言われたけれど、どう考えてもオイタ的なアレを計画しているのはミコト様の方のような気がする。
「ミコト様、言っときますけどダメですからね? 何かこう、祟り的なのダメですからね?」
「祟りなどと……大げさな」
「ルリさま、大丈夫です! すずめでも出来るくらいのやつがあります!」
「どこも大丈夫じゃない」
「ルリさま、こういう時のために天罰という言葉があるのですよ?」
「めじろくんもシッ! ラズベリーあげるから!」
仲の良い人がイジメっぽいものにあったのでという理由で下される天罰はもはや私刑だと思う。確かに無責任な噂を流す人はぶっちゃけ不幸な目に遭えばいいのにくらいは思うけれど、神様が相手ではさすがに不幸の規模が大き過ぎて気の毒過ぎる。私の想像する不幸というのは骨折とかノロとかそういうのが適度なわけであって、それ以上のものとか寝覚めが悪過ぎてむしろ私の方が罰ゲームを受けている気持ちになりそうだった。
「ミコト様、その恨み的な気持ちでまた傷口広がっちゃったらどうするんですか? せっかくお薬探してるのに、痛みが酷くなっちゃったら元も子もないじゃないですか」
「しかしルリよ、悪事にはそれ相応の返し方というものが」
「ないです。もうそんな噂とかどうでもいいです。ミコト様が何かやらかす方がハラハラします。傷が広がったら私は自責の念にかられますよ」
「ぬう」
ちょっとくらいいーのに、神様だからいいのに、と囀っているすずめくん達の口はラズベリーで蓋をした。黙ってうんうんと頷いている梅コンビは、視界に入らないようにミコト様の顔を手で挟んで固定する。
「とにかく、ミコト様がまず考えるのは傷を治す薬のことですよ! 学校の人間関係くらい自分でちゃんと反撃します。いざとなったらすずめくんもいるし、ミコト様はちゃんと大人しく見守っててください」
「だが」
「そのためにお守りをくれたんでしょ? ダメだったらちゃんと助けてって言いますから。嫌になったら別に学校休んでもいいし。単位足りる程度で」
「……本当にすぐ呼ぶと約束するか?」
「しますします」
ものすごく渋々した様子ではあるけれど、ミコト様は一応大人しくしててくれるらしい。いちいち悪口ぐらいで神様が介入してきたら、うちの街は大変なことになる。主に百田くんあたりの被害で。
「そもそも具体的にイジメられてるわけじゃないし、噂だけなら多分すぐ止みますよ」
「でもあの内容、流石に悪意を感じますよねえ」
ラズベリーに乗っていたミントをぺっと除けてから、すずめくんがのんびりと終わりかけていた話を掘り返す。
やめてほしい。せっかく納得しかけていたミコト様の目が一瞬キラッと光ったような気がする。
私は素早く立ち上がってキッチンバサミを手に取り、ミコト様が読めないように名簿を写した紙を細かく刻んでゴミ箱に捨てた。




