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変化6

 何か肌寒い。

 そう思って身動ぎすると、ちゅんと抗議の声が聞こえてきた。目を開けると、胸の前でゆるく握った手にすっぽり収まって親指のところに座り込んだスズメがいて、さらにその握った手の上にメジロが丸く座っている。すずめくんはクチバシで私の指を少し動かすと、満足したのか目を瞑った。


「……すまぬ、寒かったか?」


 すぐ近くから囁き声が降ってきて、ミコト様の手が私の肩を覆うように触れた。

 夏の庭に近い東の建物は暑いけれど、緑溢れる立地の分街中よりは涼しい。それに加えて夕立が降っているせいで涼しい風が吹いてきていたようだった。


「人払いせよと言ったのだが、どうもルリを心配していたようでな。ルリが小さきものに弱いと知っていて忍び込んできた」


 すずめくんとめじろくんは、知らん顔でお昼寝を続行している。確かにこの姿ではあっち行っててとは言えない。むしろ近くで鼻を埋めたい。

 あれも、とミコト様が視線を投げた庭先の大きな石の上には、黒い鯉がデロンと乗っかっていた。


「大事ないから戻っておれと言うたのに、あそこでじっと動かなんだ」


 いつものビタンビタンと跳ねて移動する方法であそこからじっとこっちを心配そうに見ていたらしい。夏の庭でじっとしているので、干からびないようにとミコト様が雨を降らしてあげたのだそうだ。


「心配してくれてありがとう。大丈夫だから」


 雨の中でも聞こえるように少し声を張って言うと、黒い鯉はどこを見ているかわからない目をこちらに向けたまま、「ルリィ」と鳴いてゆっくりと石の上を滑り、ボチャリと川の中へと消えていった。優しい鯉だ。不気味だけど。


「すいません、寝ちゃいました」

「疲れておったのだろう。梅らが夕餉の支度を始めたところだから、まだ眠っていてよい」

「いえ、ミコト様もこの体勢辛いでしょうし」


 まだ明るかった外が随分暗くなってきている。お屋敷の太陽はミコト様が自由に出来るけど基本的に外の世界とあまり変えないようにしているので、数時間は経っているだろう。ずっと膝の上に乗りっぱなしだったことに慌てて起きようとすると、私の背中から肩へと回されていたミコト様の腕にギュッと力が込められる。


「その、もうしばし……だめか?」

「だめっていうか、ミコト様足痺れてないですか? 一旦降りますよ」

「気にすることなど、あぁ……」


 すずめくん達を起こさないように気を付けながらミコト様から離れると、とてもガッカリした顔をされた。右の手が名残惜しそうにこっちに伸ばされていて、ゆっくり畳へと落ちていく。


「いつまででもおればよいのに……」

「いや、足相当痺れてるでしょう。歩けなくなっちゃいますよ」


 つんと指で膝のあたりを突くと、ピキンとミコト様の動きが止まった。息も止めているかのように固まっているところを見ると、痺れが襲ってきているらしい。もう一度つんつんすると、「待っ……」と手をこっちに素早くかざした状態で動かなくなった。些細な動きですら足に響くらしい。


「ほら、だから言ったのに。大丈夫ですか?」

「はぬッ……ルッ! や、やめ」

「マッサージしてあげましょうか?」

「ひんッだ、こ、こらっ……」


 痺れている人を見ていると無性につんつんしたくなるのは何故なのだろうか。いつの間にか起きていたすずめくん達も、羽ばたいてミコト様の足に留まっては飛び立っている。

 痺れがおさまる頃には、息も絶え絶えに頬を染め涙目になった色っぽいミコト様が出来上がった。


「……随分と元気になったようでよいことだ、ルリよ」

「ミコト様のおかげです。ありがとうございます」

「うむぅ……」


 ちゅんちゅくツィツィとお喋りしていたすずめくんとめじろくんは、夕食の支度を手伝いに行くのか連れ立って飛んでいってしまう。私は遊びすぎたお詫びに、ミコト様の額の汗を手ぬぐいで拭ってあげた。ミコト様は色が白いので、頬が赤くなっているととてもセクシーである。大人しくしていたミコト様は、汗を拭き終わるとふうと姿勢を正した。


「それでルリ、その、簡単な祓いの儀でもしておくか?」


 ミコト様が喋るのと同時に、ガチャッと何か大きい音が聞こえた。

 うたた寝してしまう前に言っていた浄化スキルを使ってくれる気らしい。気遣ってくれるミコト様に少し嬉しく思いながら音のした方を見ると、例の山の神様の一件のときに色々物騒だった刀がなぜか部屋の入口の方で倒れている。ミコト様が咎めるように声を掛けると、カチカチと文句を言うように震えた。


「これ、お前は呼んでおらぬ。大人しくしておけ」

「あれって……」

「うむ、あれはそもそも破邪の気を持ち合わせるものゆえ、出番かと張り切ってきたのだろう。破魔など正式な儀で使うものでもあるし……せっかく来ておるから使うか?」

「イエお祓いいらないのでアレ使わないでください」


 刀がガタガタと震えているような気がするけれど目をそらす。


「そうか? 簡単なものであればすぐ終わらせることも出来るぞ」

「んー、いいです。何か気分的にちょっと楽になったし。ミコト様が汚れてないって言ってくれたし」

「もちろんだ。何か曇りでもあれば、私が気付かぬはずもない」

「じゃあ大丈夫です。お祓いはもしなんかあった時にしてください」

「そうだな。ルリが構わぬのであればよかった」


 ニコニコと笑うミコト様は、紛れもない私の神様である。神様に保証されるだなんて、疑う余地もないくらいだろう。自分の中のあの嫌な気持ちを消すには、それくらい大きな存在でないと無理だったのかもしれない。

 そう思うと何だか嬉しくて、私はもう一度ミコト様に抱きついた。


「ミコト様、ありがとう」

「う、うむ! いつでも、た、頼るがよい!」






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