倉庫の怪2
引き続きホラー風味注意
中に入ると、さっきまで夏の庭にいて汗ばみかけていた体がすっと冷えるほど涼しい。分厚い壁と床が熱と光を遮断して、しんと静かな空間を作り出していた。
「重要そうな文化財……」
ライトで照らしてみると、周囲にさまざまなサイズの箱が置かれているのがわかる。小さいものは棚に並べられ、大きいものは立て掛けられていたり、そのまま床に置かれていたりした。
箱に入っていないものもあった。ミコト様が使っているような屏風はそのまま手前の方に置かれているし、棚に置かれている風呂敷に包まれているものはどう見ても壺の形をしている。柳行李もいくつかあった。
僅かに埃っぽい臭いがするけれど、口を覆うほどでもないし足もザラザラしていない。定期的に掃除の手が入っているのは明らかだった。
沢山のものが所狭しと並んでいる奥の端っこの方に、上階へと続く階段が付けられている。スマホを掲げながら近付いてみるけれど、階段の上には登る気にはなれなかった。
階段は人一人が精一杯の狭さで手すりもない。ただ木の板を地面と水平に取り付けただけのちょっと丈夫な梯子という感じだった。傾斜も急で、段も隙間が大きい。登るのは登れるだろうけれど、降りるのはちょっと怖そうだ。
下から階段の上を見上げてみてもライトの光が届かない。真っ暗な闇からひんやりとした空気が下ってきているように感じるけれど、実際にそうなのか暗いところを見上げているからそう感じるのかわからないくらいだった。
上は窓が小さいし、ここでさえほとんど何も見えないのにさらに暗いとなると見学するどころではないだろう。ネズミとか出てもこの階段では逃げ出すのにも一苦労しそうだ。
ところで、私はこういう暗くて見慣れない状況だとなぜか怖い映画のCMとかを思い出してしまう癖がある。
大体こういうところに入ると勝手に扉が閉まって大変なことになるのだ。序盤の脇役に最適なシチュエーションである。叫び声とか上げつつ暗転して、あとで主人公とかがウワッて顔で発見してくれる感じだろう。
ちょっと怖いかな、と思った瞬間、背後からかたん! と音がして飛び上がった。
手元が揺れたせいでスマホを取り落とし、視界が暗くなる。
「え、怖。びっくりした」
恐怖を和らげるために声を出しながら、足元に落ちたスマホを拾い上げて振り返る。ライトで照らし出したそこには、大きな箱の上に片手で持てるくらいの箱が横に倒され、蓋と中身が床に転がっていた。
「棚から落ちた、のかな」
周囲を見回しても誰もいない。暗い上にびっくりした直後なので、ライトを周囲に巡らせて人の気配を確認するのがちょっと怖かった。
物に囲まれた空間は、相変わらずしんと静まり返っている。光を落ちたものの方へ戻すと、箱の中身が鮮やかにきらめいた。
「かわいい」
床に転がっていたのは鞠だった。何種類もの鮮やかな糸で複雑な模様を作り出している綺麗な鞠である。濃いピンクに紫、薄ピンクに黄緑色などのほんわかした色なので、よくわからないけど多分春の色目というやつだと思う。高そうな糸が球体を形作っていて光に優しく反射していた。
「棚から落ちて転がったのかな。これ素手で触って良いのか……」
ケースを使ってスマホを立てて、入っていたらしい箱と蓋を持ち、両側から鞠を掬うように中に入れる。豪華な糸を使っているけれどそれほど重量はないようで、鞠はころりと箱の中に収まった。蓋を締めた箱は、元はどこにあったのかわからないので大きな箱の上にわかりやすく置いておくことにする。
誰かあとで分かる人に言っておこうと思いながら立ち上がって出口を目指すと、正面からぎぎい、と大きい音が聞こえた。
「え、うそうそうそ」
分厚くて重そうな扉が軋みながらゆっくりと動いている。両開きが左右から同じ速度で距離を縮め、差し込む光を徐々に細くしていた。
「怖ー!! 待ってやめて助けてー! ミコト様ー!!」
ぎいいい、ごとん。
叫びながら走って出ようとしたけれど、扉に近付いた頃にはもう通り抜けられるほどの隙間はなかった。
重い扉は押しても止まることなく、踏ん張った足がつるつるの床をじりじり後退していく。
「すずめくん梅コンビミコト様助けてー!」
眩しい光の中に包まれる夏の庭が、細くなってやがて闇に閉ざされた。