日本列島薬探しの旅6
「ルリ、ルリよ」
「はーい、あ、危ないですよ」
「……何をしておる」
私を探していたらしいミコト様が、ひょいと部屋を覗くなり不審なものを見る目でこちらを見ていた。といっても不審なのは私ではなく、ドタバタと天井まで跳ね上がっている鞠の方だと思う。あんまり壊すとやばそうなものがない部屋で遊んでいたけれど、美術品は地味であれば安いとは限らないのでヒヤヒヤものだった。
「すいません、あんたがたどこさの振り付けについて解釈違いを起こしまして」
「振り付け……よくわからぬが、これ、ルリをそう困らせるでないぞ」
ぼんぼん跳ねていた鞠がミコト様に諭されてバウンドを小さくしながら近寄り、ミコト様の足に2度ほど軽くぶつかって私の足に乗り上げつつ通り過ぎてから自分の箱へ戻っていく。漆塗りの箱の中には、私とミコト様で作ったミニチュア鞠が2つ入っている。1つは小さいビー玉くらいのサイズ、もう1つはピンポン玉くらいのサイズだ。どちらも紙粘土を丸めて色を塗ったものなので跳ねないけれど、鞠はお気に入りにしてくれているらしかった。
「ミコト様、どうかしたんですか?」
「いや、事が片付いたのでな、ルリも手が空いたのであれば久々にその、ゆっくり過ごさぬかと」
「ゆっくり」
「このところあれこれ動いていただろう、今日くらいはのんびりしてはと」
「のんびり」
「とつくにとつた、についてあれこれ悩んでも始まらぬから、息抜きに」
今日は夏休み最終日。先生たちの嗜虐的思いやりの篭った分厚い課題も何とか片付き、制服やバッグも午前中にはきちんと準備を終えた。
ミコト様の傷を治す薬が今どこにあるかの情報も掴めないまま夏休みが終わる。それに微妙な焦りを感じていたのを察してか、のんびり過ごすようにと気遣ってくれたようだ。すずめくんは水浴びを終えてうとうと昼寝中で、めじろくんは今度の買い出しで買うものをリストアップして回っている。白梅さんと紅梅さんは夕食の下ごしらえをゆったりと進めていて、私達におやつのブルーベリーを渡してくれた。
全体的にゆっくりのんびりなお屋敷で、私はミコト様と並んで州浜作りに励んでいる。
「あー、ここ、ズレてくっついちゃってますね。重かったのかな」
「何か支えを付けるべきだったやもしれぬな。しかし、見た目はそう悪くない」
州浜の中に小さい離れのような建物を作っているけれど、後から内側に色々と装飾を加えようとすると結構難しい。屋根を取り外し出来るようにして部屋の中を覗けるようにしたのだけれど、サイズを測って作った筈なのに微妙にピッタリこなかったりして結構課題が残る作りになっている。しかも、中に入れたちゃぶ台に乗せる湯呑みも実際に入れてみると縮尺が合っていない。2リットルくらい入りそうな湯呑みに見えるので、小さいものを新しく作り直すことにした。
細かい作業に集中していると、色々と頭のなかで回っていた心配事がその間だけ静かになる。ミコト様が上手く描けたとミニチュアの障子をニコニコ顔で見せてくるのも、瞬間接着剤を持って息を止めながらソロソロ作業しているのも見ていて楽しい。
何かしなきゃ、ということに追い立てられていることが多かったんだな、と実感してしまうほどのんびりした時間だった。
「ミコト様、誘ってくれてありがとうございます。明日から頑張れそうです」
「うむ……七日のうち五日もルリが出掛けてしまうのはまこと寂しいことだが、ルリは何も心配することなく、学校生活を過ごすとよい」
「はい」
「その、身一つでここへ来て何やら思うこともあろうが……私も屋敷の者も、ルリのしたいことをして欲しいと思うておる。だから、例えば金子のことや将来のことなど、憚ることなくしたいことを選ぶとよいぞ」
ルリが何も不安に思うことなく暮らしてくれるなら、私は嬉しい。
ミコト様がそう言ったのは、私が昨夜白梅さんとの世間話で進路指導のことについて話したからというのもあるのかもしれなかった。新学期が始まれば、卒業後の進路について本格的に指導が始まる。進学か就職か、どんな道を選ぶのかという答えを出さなくてはいけないのだ。
今までにも簡単な進路希望アンケートがあったけれど、そこには医療系に進学したいと書いてあった。それはお母さんの「手に職あるといいわよ。医者は儲かるし薬剤師もパート需要あるし」という言葉でなんとなく決めていたことだ。特に何か目的があって選んだものではないし、かといって今その希望を変えるほどなりたい職業もない。お母さんが死んじゃってからは、なんとなく就職になると考えていたけれど、それも生活のことを考えていただけだ。
「私、将来何になりたいとか別になくて……みんな結構学部とか選んでたりするんですけど、物凄く好きなものとかもないし」
「先は長いのだから、好きに決めればよい。最近ではほら、目的もなく大学へ行く若者も多いのだろう」
「何でそんな変な知識持ってるんですか」
「たぶれとで読んだのだ」
将来を決め兼ねて適当に進学してもよいと言われると、逆にそんなんでいいのかとも悩んでしまう。だけどどんな道を選んだとしても応援してくれる人がいるのは、随分気が楽になる。このお屋敷の主であるミコト様が元々引きこもりみたいなものだったので、もし就職するとして就活失敗しても厳しいことは言われなさそうなのが救いだ。
「私が今のところ心配してるのはミコト様のことだけなので安心してください」
「……それは安心してよいものか悩むな」
非常に複雑そうな顔で面相筆を握るミコト様がおかしくて笑うと、ミコト様もつられてへにゃりと笑った。
薬の行方をあれこれ話しながらも、こうしてのんびりゆったり私の夏休みが終わったのだった。




