日本列島薬探しの旅5
「……とつくにとつた?」
「そう。そう言い残したって絵のおじいさんが」
屏風の中で釣り竿を使っておじいさんが書いた七文字をルーズリーフに写したものを見て、ミコト様は首を傾げた。
「して、その茶碗が割れてしまったとな」
「そう。ごめんなさい」
倉の中にある情の篭った物の中でも一際力が弱かったらしいその器は、小さく震えながらおじいさんに文字を伝えてすぐにぱりんと割れてしまった。慌てて欠片を拾い集め、すずめくん達に助けを求めてからまた倉へ戻って写したのがこの「とつくにとつた」という文字だったのだ。力が弱かったため、ぼんやりとした文字のような念がおじいさんに伝わってきたのだという。
「そう落ち込むでない。ルリの力になりたいと思うて我が身の割れるを覚悟して伝えたのであろう」
「でも、あんなに砕けてまで」
器の欠片は大きくても5センチ四方くらいの大きさしかなかった。もともと古い物が多いので壊さないようにとは注意していたけれど、焼き物があんなに壊れるとは思ってもいなかった。それを知っていたなら、情報を伝えずに大人しくしてくれていても全然構わなかったのに、と後悔の念が出てきてしまう。
「いやいやルリよ、あれらは何より役に立つことを望む。それに何より、あれらは物だ」
「いくら物だからって」
「そういう意味ではない。物は人と違ってあれほど壊れても修理がきく。特に器はよく蘇るからな。もともとあれは金継ぎしていたであろう? 心配することはない」
金色の繋ぎ目のようなものは、キンツギという修理方法だとミコト様が教えてくれた。ガラスや陶器は、欠片をそうして繋いで補修することが出来る。あの器は全く違う器と合わせてキンツギされていたけれど、元の持ち主がそうまでして直したかったほど愛着を持っていたのではないかということらしい。割れ物によっては壊されてしまったらそこでもう自らを終わりだとするものもいるけれど、あの器はキンツギされても愛されていたからこそまた喜んで補修されるだろう、とミコト様が言う。
「悲しむより、戻ってきたときに一度でも使ってやるとよい。時間はかかるかもしれんが、腕のいい金継ぎ師に頼んだゆえな」
「そうします。お抹茶とかよくわからないけど」
うむ、と頷いてミコト様が抹茶プリンを頬張った。本日のデザート、甘さが控えめでとろんとした舌触りの抹茶プリンは、なんとミコト様が作ったのだそうだ。私が倉に篭っていて暇だったから、と言っていたけれど、そもそも仕事は大丈夫だったのだろうか。
おちょこを器にした抹茶プリンは、上に生クリームと甘く煮た小豆が花のようにあしらってあって時間をかけていそうな出来上がりだった。濃い目の抹茶の味付けも、下の方に沈んだ小豆の甘さとコントラストがあって美味しい。白梅さんや紅梅さん達のアドバイスを貰いながら作ったそうだけれど、なめらかだし慣れていないにしてはとても上手に出来上がっている。
「美味しいです」
「良かった。ルリに喜んでもらおうと作ったのだ。上手く出来上がるか心配だったが、その分楽しかった」
健気な神様である。女子として見習いたい。
ダイニングのテーブルに私とミコト様で角を挟むように座って、抹茶プリンを楽しみながらルーズリーフを眺める。
「とっくにとった、ってことですかね? もうとっくに誰かが取っていったっていう」
「何者かに盗まれたということやも知れぬな」
「そうなると、また厄介ですよね。盗むような人だったら、どういう身分かも全くわからないし」
「うむ……」
2個目の抹茶プリンを平らげたミコト様が、難しい顔をしてルーズリーフを眺めている。キリッとした顔をしているとイケメン度が上がるなあと思いながらそれを眺めていると、ミコト様が顔を上げた。
「とつくに、とは、外つ国のことではないか?」
「え、なんて?」
トツクニは、昔でいう外国のことを意味しているらしい。つまり、トツクニとったとは。
「えっ、外国が取った? 外国人が取ったってこと?」
「もしくは、異国へ渡ったということやも」
「より詰んでるし!!」
日本でさえ全然成果が得られていないというのに、外国とか。しかもその時代なら、外国といえばオランダとか中国とかではないだろうか。なけなしの英語力すら使えない予感しかない。
「本格的に難しくなってきた……どうすればいいんだろう。とりあえず隣町の神様に相談してみて……でもどうにかなる問題なのかこれ」
「ルリよ、これほど離れているということは、その薬には縁がないのやも知れぬ」
「縁とかの問題じゃないですよ! せっかくミコト様の傷が治るかもしれないのに!」
この人、自分のケガのためだということをちゃんとわかっているのだろうか。そう思いながら文句を言うと、ミコト様が少し眉を下げて微笑んだ。左半分の傷を隠すための今日の仮面はネットを参照に作った博多のにわか面風だけれど、その面白さを凌駕するほどの優しい瞳になっている。
「ルリがそうして力を尽くしてくれることこそ、私の喜びだ。だが、ルリを苛むほどのことなのであれば、私は止めて欲しいと思う」
「そんなには……思ってないですけど」
「ルリが笑っていてくれることこそ、私が最も望み安らぐもの。それを忘れないで欲しい」
ミコト様の手にそっと包まれて、私の手の中でスプーンがカチンと音を立てる。ミコト様のよく通る綺麗な声が物凄く優しい響きで語りかけてくると、もっと怒って言いたかったことが沈んでしまうからズルいと思う。
「……ミコト様の意地悪」
「なぜ?!」
おろおろし始めたミコト様は結局抹茶プリンをもう1つ私に差し出してきた。もちろん食べる。食べるけれど、この気持ちはそれくらいではおさまりそうにない。
クリームを大きく掬いながら、私は冷静になるまですぐ近くで跳ねている鞠の動きを追うことにした。




