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夏の終わりの溜息の夜8

 足元で、子ガモの群れが夜店の真似をしておままごとをしている。

 平べったい石の上に探してきた小さいどんぐりのようなものを並べて、小さなクチバシでちょいちょいとつついて動かしていた。向かい側にはお客さんなのか、子ガモが一列に並んで小さい尻尾を揺らしている。母ガモは近くで座り込んでウトウトしていて、たまにそこに子ガモが走っていっては羽の下に潜り込んでいた。

 物凄く可愛いので、近くに生えていた花や草を取って差し出すと、それも石の上に並べてかき混ぜている。やきそばらしい。

 すずめくんやめじろくんのくるんとしたシルエットに三角のクチバシも可愛いけれど、子ガモが持つふわっふわの毛に平たいクチバシもとても可愛い。


「ほったらかしにしてごめんねぇ、お腹いっぱいになった? おやつもあるわよ?」

「いえ、大丈夫です、ありがとうございます」


 尻尾がまるっと大きいタヌキや、主婦にしか見えない神様を「かかさま」と呼ぶ小さな男の子が寄ってきては食べ物をくれたのでお腹は苦しいくらいだった。

 一番テキパキ動いてその場を仕切っている神様は、お皿が足りなくなっては呼ばれ、誰かが酔い潰れては呼ばれとあちこち走り回って忙しそうにしていた。

 ようやく一息ついて、どっこいしょと近くの切り株に座ってビールを飲んでいる。神様も缶ビールを飲む時代。


「あんまり遅くなるとあれだから、そろそろあっちへ送っていこうか」

「あ、あの、訊きたいことがあるんだけど」


 やれやれとタオルで汗を拭っている神様は、何でも言ってと微笑んでくれた。


「ミコト様の、あの傷、ご存知ですよね? 治す方法ってないんでしょうか?」


 もし、答えを知っていそうな人がいたら訊いてみたいとずっと思っていたことだった。

 ミコト様の傷は、穢れで出来ているものである。穢れというものがよくわからないので、どうやったらそれがなくなるのか、何か方法はあるのかとずっと考えていた。

 そもそもミコト様はこの傷についてのことになると、ウジウジと卑屈な考えになってしまうのであんまり役に立たない。山の神様はそんなことを話せる相手じゃなかったし、お父さんの師匠である天狗は基本的に「ぬ」しか言わないので誰か他の神様に訊けたらいいなと思っていたのだ。


「アレね、でも、ルリちゃんが来てから少し良くなっていたでしょう? 今はほら、あの落雷で力を使っちゃって大変だけど」

「でも、少しずつしか良くならなくて、今傷がすごく大きいからものすごい時間がかかりそうなんです。ミコト様、口には出さないですけどやっぱり痛む時があるみたいで、もっと早くに治すことが出来ないかと思って」

「ルリちゃんは優しいのねえ」


 今、ミコト様はご神力が弱っている状態で、それを信仰によって回復させることで少しずつ傷を治すことが出来る。だけどそれは、数日かかってミリ単位の傷が回復してきたかな、というくらいの速度だった。顔だけにあった傷ならともかく、左上半身を覆うような傷だったら、回復するまでに何十年かかるのかわからない。今まで痛みに耐えてきたのだから、これからもそれを耐えていくというミコト様を見ていると、さらに痛々しく感じるのだ。


「そもそもね、私達みたいな存在はどんな武器を使ってもよっぽどのことがないと傷付かないし、死にもしない。それは相手が神であってもいえることなの。ルリちゃんを攫ったあのキツネちゃんも一応神の末席だったからね、だからミコト様も滅することが出来なくてああやって小石に変えたのよ」

「でも、あの傷は」

「神の存在を傷付け、消すことが出来る力を持つのは己のみ。自らに対する罪悪感とかによって出来てるの」


 確かに、ミコト様もあれは「恨み」によって出来た傷だと言っていた。恨みを抱くことによって傷が広がるのだと。


「だったら、あの傷はどうすることも出来ないんですか? ミコト様がそういう気持ちになる度に傷が広がるんですか?」

「このままだったらそういうことになるかもしれないね」

「でも、どんな気持ちになるかなんて操れませんよね? じゃあずっと引き篭もってポジティブな気持ちを保って生きていくしかないんですか?」


 ずっと変わっていなかった傷を悪化させたのは、やっぱり私が原因と言っても間違いなかった。私がお屋敷で住むようになって、ミコト様の日常が変わってそういう感情を抱くようになったのだから。

 だけど、ミコト様は私が来てくれてお屋敷が明るくなったと言った。同じような暮らしをしていた日々ではなく、毎日移り変わる目新しいものを見ることが楽しみになったと言ってくれていた。色んなものに触れていれば、好きなものや嫌いなものが出てくるのは当然だ。傷のために、その楽しみを断ってしまうことになるのはきっととても悲しいことのはずだ。

 神様は優しく微笑んで私が話すままに相槌を打ってくれていた。それから、ゆっくりと口を開く。


「ルリちゃん、あの傷の原因を知ってる?」

「原因ですか」

「そう。傷付かないはずの神の体を蝕むようなものが出来た原因」


 うんと昔の話だからだろうか、お屋敷でもミコト様の傷の原因を知る人は少なく、ミコト様もあまり話したいとは思えない内容のようではっきりと聞いたことはない。

 首を振ると、手をタオルで拭いた神様がぼんやりと遠くに視線を投げた。






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