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夏の終わりの溜息の夜7

 ちんどんちんどん、てけてんてけてん。

 スピーカーを通さない古典的なお囃子に合わせて、影がゆらゆらと揺れている。その影が人間のものではないことは、近付いていくに連れてはっきりとわかった。


 ハッピを着ているキツネ、ねじり鉢巻をしているオオカミ。うさぎも両手を上げて楽しそうに踊っている。人間の姿をしていてもローラーで縦に伸ばされたようなひらひらした長い姿をしていたり、全体的にモザイクがかかっているように見えにくい人もいる。

 木の枝を紐で結んで布をかけた夜店では、かき氷を手動で削っていたり、綿あめを買った子供のキツネがペロペロと口の周りを舐めていた。金魚すくいの水槽のフチで赤いハッピを着ているネコがじっと水面を見つめている。そのネコに見つからないよう、遠いところからそーっと手を繋いで逃げている出目金もいた。

 なんかこういう巻物教科書で見たことある。


「かかさまぁーっ!」


 私の手を引っ張っていた男の子が、明かりの届く中に来るとぱっと手を放して駆け出してしまった。追いかけようか迷っている内に、周囲にお祭り姿の動物たちが続々と寄ってくる。


「あんたぁ誰やいな」

「見たことないわいな」

「こいつは人間じゃァねぇかい」

「人間ならこっちにゃぁ来んじゃろう」

「何持っとるん」

「ええ匂いじゃ〜」


 喋ってるし。色んな訛りで。

 鉢巻やハッピを着ている姿は微笑ましいけれど、オオカミやキツネやネコが口を開く度に牙をチラつかせながら至近距離にやってくるのは結構迫力があった。片手で持っていたイカ焼きのパックや、手首に引っ掛けていたぶどうアメの袋に鼻先を近付けてしきりにイイニオイだイイニオイだと近付いてくる。押しくらまんじゅうの中心に入れられているようだった。

 くれ、よこせ、と前足を伸ばして私の手にかけるので、イカ焼きが溢れて落ちてしまう。するとわっとそれに群がって競い合ってガツガツと食べていた。


「こらこらあんた達、お行儀悪いよ。ほら固まってちゃ動けないだろう。すまなかったね、大丈夫かい?」

「あ、はい」


 どこから現れたのか、少しふっくらとした体つきの女の人が動物たちを叱って散らしてくれる。

 顔は丸くてつるっとした色白で、ポニーテールにした髪からは後れ毛が幾つか出ている。薄桃色のTシャツもチノパンも薄緑色のエプロンも、何度も洗濯しているかのように柔らかそうだった。靴はつっかけサンダルを履いて、首には白いタオルを掛けている。どこからどう見ても平凡な主婦で、それがかえってここでは珍しく感じた。

 どこにでもいるような普通のお母さんといった風体のその人は、こっちにおいでと私を切り株のイスに座らせてくれた。


「夜だけど暑いからね、熱中症になってないかい? はい、お茶飲んでおきな」

「あ、ありがとうございます……あの、ここどこですか?」

「かかさまー」


 紙コップに入れられた冷たい麦茶で喉を潤してから質問すると、とことことついてきていた男の子が、女の人の腰にまふんと抱きついた。女の人は少し顔をしかめて、コツンと軽くその頭を小突く。


「もうっこの子が勝手に引っ張ってきたんだね? 道案内は無理やり連れてくることじゃないんだよっ」

「ごめんなさーい」


 やれやれと溜息を吐いて、女の人は近くにあった夜店のうちわで自分をパタパタと仰ぐ。そこではイノシシが一生懸命ホットプレートで焼きそばを焼いていた。


「悪いわねえ、迷子になったら可愛そうだから見守ってあげようと思って目星を付けてただけなんだけど、この子がそれを目印にここまで連れてきちゃったみたいで。ここは神社の中だから、人間あっちのお祭りとそう離れていないよ」

「……もしかして、ミコト様がよろしく頼んでくれた神様ですか?」


 笑って頷いたのを見て唖然とする。どこからどう見てもお祭りの手伝いに駆り出されている主婦にしか見えない。ミコト様でさえ、きちんとしているときは何か神々しさのようなものを振りまいているというのに。


「驚いた? 私は普段から人に紛れて暮らしてるから。あそこのマンションの12階ね。見晴らしいいわよぉ〜」

「そうなんですか」


 普通にマンション暮らしをしている神様。とてもシュール。

 長いことこの辺りを守っているその神様は、住んでいる人々だけではなく、こうやって神社の周りにいる生き物や妖怪のお世話もしているらしい。


「こんな時代でしょ、馴染めない子達もいるから。まあ人に紛れて暮らしてくれたら一番だけど、無理強いして何か事件でも起こされるよりは大人しくしててくれるだけで十分だわ」


 引き篭もりの子供を温かく見守る母親のようなコメントをしながら、焼きそばを紙皿に分けて並んだ動物たちに配っている。ぼんやりとした影のような存在も、焼きそばに小躍りしているオオカミも、この人は分け隔てなく子供のように接しているようだった。


「焼きそば食べるでしょ? さっきイカ焼き取られたお詫びも兼ねて。お稲荷さんもあるわよ」

「あ、ありがとうございます」

「ほらほらこぼさないで! お茶も順番に回すのよ。ほら、ケンカしないの!」


 キツネとネコがおかわりを競ってギャワワンとケンカしたのを叱って、紙コップにペットボトルのお茶を配っている。

 貰ったお稲荷さんをかじると、俵型に握られたひじきご飯の中に銀杏が入っていた。ぬっと鼻先を差し込んできた白いキツネが、ニヤッと笑う。


「当たりやで、それ。うちが入れてん。じっこにいっこな」

「へ、へぇ……やったー」


 何とも不思議な空間だった。






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