夏の終わりの溜息の夜4
「ルリさまー! かわいいです!」
「ありがとー」
白梅さんと紅梅さんに着付けをしてもらってお披露目をすると、男の子姿になっていたすずめくんが目をきらきらさせて抱きついてきた。
紺色の浴衣には金魚が泳いでいて、帯は辛子色。髪の毛も綺麗にまとめてもらって、小さい団扇の付いた髪飾りがついている。小さな頃は夏にお祭りがあるとお母さんに浴衣を着せてもらっていたけれど、中学くらいから気恥ずかしいのと忙しいお母さんに気を遣って言い出せなかったので久しぶりの雰囲気に嬉しくなった。
「こっちの巾着が帯に合っていて素敵よ」
「こっちの竹籠もおしゃれよ」
「どっちもかわいいわね」
「鼻緒の色も迷うわ」
「団扇も背中に差すとかわいいわ」
「耳飾りも揺れるとかわいいわ」
あれこれと相談しながら私にバッグや草履をあてては悩んでいる梅コンビを超えた向こう側で、ミコト様がもじもじしているのが見える。じっと見ていると、ぴゃっと飛び上がってからおずおずと近付いてきた。
「その格好で行くのか? その……格好で」
「似合ってないですか」
「似合っている! 似合っているから問題なのだ!」
そんな可愛くて、その辺の変な輩に付き纏われたらどうする!! と憤慨している姿は、どう見てもお父さんである。天狗仮面であるお父さんもたまに遊びに来ては「変な男に引っかかっちゃダメだよ……ルリちゃんはまだ子供でいいんだよ……」と呪文のように呟いているし、気が合うようで何よりである。
怒っているけれども、似合っているらしいのでとりあえず良しとした。遠くの方でもう一人、というか一尾、文句を唱えているのもいるけれど気にしない。鯉も金魚も同じようなものなんだから気にしなければいいのに。
「ルリさま、主様は放っておいてお座りになって下さい。鼻緒を調整しますから」
靴擦れにならないようにとめじろくんが階の下に草履を用意してくれた。段差に座って足を入れると、持ち上げてきつくないか確かめてくれる。草履と言えば指の間の靴擦れが付きものだと思っていたけれど、このお屋敷に来てから鼻緒の長さを調節してピッタリきたらそんなことはないのだと知って感動したものだ。
「ルリさま、必ずめじろにぶどうアメを買ってきてくださいね」
「はーい」
「すずめも! すずめも食べます! 苺のも買ってきてください!」
「美味しそうねえ」
「皆の分買ってきますよ」
「うれしいわ。ルリさまはかわいいし優しいわね」
キャッキャとはしゃいでいる小鳥と梅組にお土産を約束すると、ミコト様が羨ましそうな顔でじっとこっちを見つめていた。
「もちろんミコト様にも買ってきますよ。ベビーカステラも」
「かすていらもあるのか!」
「こういう小さいカステラです。甘くてふかふかしてて美味しいですよ」
「ふかふか……」
ミコト様は未知なるおやつに思いを馳せて少し機嫌が直ったようだった。うむうむと頷いて、私に手を出すようにと言う。開いた右手にそっと乗せられたのは、瑠璃色の布を使ったお守りだった。
「前のは使ってしまったろう。もう少しきちんと作り込んだから時間はかかったが、持っていてくれると嬉しい」
「いいんですか?」
「もちろんだ」
山の神様のとのゴタゴタで無残な形になってしまったお守りのことを前にミコト様に謝ったのだけれど、そこで落ち込んでいたので気にしていてくれたらしい。前と同じように綺麗に縫われたお守りは、隅に瑠璃と名前も入ってあった。小さい刺繍なのにきちんと細かい漢字が再現できていることに感心する。この神様、裁縫スキルをどこまで上達させる気なのだろうか。
「その、天狗の見習いはもう少し上手く作ると言っているので、待ってやるとよいぞ」
「お父さんもまた作ってくれてるんだ」
高校の家庭科が3だったらしいお父さんは、ミコト様のお守りを見てメラメラと対抗心を燃やしているようだった。気持ちは嬉しいけれど、指先が穴だらけにならない程度にしていて欲しいと今度伝えなければ。
ありがとうございますと笑顔でお礼を言ってからお守りを竹籠のバッグに入れる。中に巾着が入っている作りの小さいそれを覗き込むと、私のスマホとリップ、お財布、そして紙で作ってある依代が沢山入っていた。
「……な、何かあってはいけないから」
心配症な神様である。
「ルリさま、お金も少し入れておきましたから。気兼ねなく遊んできてくださいね」
「えっ、悪いけど嬉しいな。すずめくんありがと……う……?」
横にいたすずめくんがこれこれと財布を取り出して促すのでちらっと中身を見てみると、なんかお札入れが分厚くなっていた。
諭吉が見たことない勢いで溢れかえっている。
「……いや、こんなにいらないから」
「せっかくのお祭りですよ? パァーッと遊ばなくては!」
「すずめ、ルリさまは男じゃないのだから、お座敷も今はないのに」
お座敷ってなんだろう。花火の特別観覧席のことだろうか。
今回はすずめくんが同行しないからとお財布を温かくしてくれたようだけれど、正直重い。色々な意味で。
ただ隣街の神社に行くだけだから、夜店はそんなにインフレしてないからと説得した結果、諭吉は2人にまで減った。
「そもそもこういうお金ってどうやって手に入れてるの? すずめくん結構通販とかしてるよね。蝋梅さんのアルバイト代とか?」
「まさかぁ。ルリさまったら面白いことをおっしゃいますねぇ。ちゃんと正当に宝くじを買ってますよう」
正当に……宝くじ……?
アハハと笑い飛ばされたし、梅コンビもホホホと笑っているけれども、神様を味方につけた宝くじってどっちかというとイカサマに近いような。
「うむ、ルリが心配することなど何もないのだぞ。もう少し持っていくか?」
「いやいらないですもう出発します行ってきます」
とりあえず聞かなかったことにして、私はお屋敷を出発した。




