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四季の咲く庭7

「その……無理強いはしたくないが……私としては……」


 ミコト様は中々本題を切り出さない。その間に撒いていたお麩はなくなり、鯉達はそれぞれまた優雅に泳ぎ始めた。近くに残っているのは、ミコト様がもじもじと手元にある最後の一個を揉んでいるせいで降ってくるお麩の粉を必死で食べている黒い鯉だけである。


「出来たら……そのぅ」

「聞いてみないとわからないんでとりあえず用件言って下さい」

「うっ歌を! そなたに! 贈りたいと!」

「え、歌?」


 勢いに任せて声を出したミコト様は肩で息をした後、「だめだろうか……?」と小さくなりながら付け加えた。


「別にいいですけど、ミコト様、歌とかやるんですか」

「う、うむ! 手習い程度ではあるが、細々と作って本3冊くらいは」

「えっ自分で作ってんのすごい」

「いやいやそんな! そんな素人のものゆえ!」


 ミコト様は自分で歌を創っているらしい。シンガーソングライターとかいうやつなのだろうか。このお屋敷にギターはなさそうだけど、どうやって曲作りをしているのだろう。琵琶とかかな。


「意外な趣味ですね。始めたきっかけは何だったんですか?」

「いや、特にこれというものはなく……、書を読んで見よう見まねで」

「本だけで歌作れるようになるとかすごいですね」

「う、うむ……? そうだな、私はあまり誰かと集うことがなかったのでな」


 例えるなら、周囲にバンドとか興味のなさそうな友達しかいなくて、一人で通販したギター片手に練習した感じだろうか。仲間がいない状態で曲を作れるくらいまで練習したなら根気が続くほど好きなのだろう。上手い下手関係なくそんなに没頭できるものがあるのは、あんまり熱中する趣味がない身としては羨ましい限りだ。


「すごいなぁ……ぜひ今度聞かせてください」

「えっ?! そんな、面と向かって直接はその……恥ずかしいというか……まだこう……我らとしてはまだほら」

「あ、馴れ馴れしかったですかすみません」

「いや! そうではなく! ここ、心の準備とかもあるゆえ、まずは文として認めようかと」

「なるほど」


 確かにソロ練習からいきなり観客の前に出るのは恥ずかしいだろう。ミコト様はシャイみたいだし。でも私に贈りたいと言ったからには誰かに聞いてほしくなったのだろうから、心の準備が整うのはそう遠くないのかもしれない。きっとミコト様は近いうちに招待状を送ってくれるだろう。


「書いたらぜひ受け取ってくれるだろうか……?」

「楽しみにしてますね」

「そ、そうか。私も楽しみだ」

「でも私は別に歌とか作れませんよ」

「構わぬ。私がその、少しでも心のうちを伝えられればと思っただけだからな」


 それにしても口で伝えるのは恥ずかしいからって歌うという選択肢が出てくるのがすごい。ミコト様、ちょっと変わってるな。私ならあんまりよく知らない人の前で歌う方が恥ずかしいけど。しかも自作だし。ジャンルによっては微妙な反応しか出来ないかもしれないが、せめてちゃんと気持ちを汲み取れるように頑張ろう。


 決意の宣言を無事終えたミコト様は、嬉しそうな様子でぼろぼろになった最後のお麩を鯉の口へと落とした。握られまくったそれは硬く小さくなっていたけれど、鯉はお構いなしに大きな口でゴボォと水ごと飲み込む。50センチくらいの大きさの鯉はしばらく近くで漂っていたものの、やがて池を廻る群れへと合流していった。


「……そなたが来るまで私はここで朽ち果ててゆくのを待つばかりだった」


 立ち上がって膝に落ちた粉を払っていると、ミコト様がそっと言った。


「永く人に忘れられていた私を参ってくれたこと、嬉しく思う」

「え、あの、すいません、あんまり熱心にお参りしてたわけじゃなくて」

「わかっておる。ルリが何故社へ来ていたのか、何を願っていたのか」


 相変わらず袖で顔は隠しているけれど、ミコト様は微笑んでいるように優しい声を出している。


「私はルリの願いを叶えたいと思った。ここにはそなたの恐れるものは近付けない。もしそなたの望む先に恐れるものがあれば、私もすずめらも全身全霊をもって護ろう」

「ミコト様……何か急にかっこいい……」

「急に……」

「顔隠してるのにかっこいいです」

「それは喜んで良いものなのか……」


 複雑そうな声音で悩むミコト様を見ていると、本当に私のことを気遣ってくれていて、願いを叶えようとしてくれているのだとわかった。普段は頼りなくてどこか親しみやすいミコト様だけど、神様として見守ってくれているような感覚がする。


「願いを聞いてくれてありがとうございます、ミコト様」

「……うむ!」

「ついでに質問なんですけど、顔見られるのはイヤなんですか?」

「どこについでいるのかわからないぞ!」


 一歩近付くと、ミコト様は良い匂いだけを残してずさっと二歩下がった。この辺は桜の花びらが落ちているので、後ろ歩きで歩くと滑りそうで危ない。


「イヤというか……そなたに見られたくないのだ。あ、いや! 別にそなたがどうこうという意味ではないぞ決して」

「じゃあなんで?」

「それは……その」


 ミコト様は躊躇ったように口籠ってしまう。袖で隠されているので、黙っているとどういう気持ちでいるのかわかりにくい。


「じゃあ、今は聞くのやめときますね」

「うむ……、すまない」

「これから仲良くなったら、いつか理由だけでも教えてください」

「そうだな」

「じゃあとりあえず歌とかでコミニュケーションを図るということで」

「こ、こみみ……?」

「コミュニケーション」

「こみみけーしょ?」


 ミコト様は外来語とか苦手らしい。頭にハテナを浮かべまくっている姿は失礼だけど面白かった。

 その日はそれからごはんの時間になるまで、一緒に枇杷の収穫などをして私達はこみみけーしょを図った。




「めじろ! 他に紙はないのか? これは荒すぎる……こっちは薄すぎて良くない」

「もうご自分でお漉きになったらいかがですか主様」


 夜、主屋ではあれやこれやと紙を散らかした主を冷ややかに見つめるめじろがいた。


「ルリが文を送っても良いと言ってくれたのだぞ! 厳選に厳選を重ねねば!」

「それもう百遍くらい聞いていますよ」


 やれ上等な紙がどうだの、焚きしめる香がああだの、結ぶ枝がそうだのとやかましくして既に数刻経過している。気を利かせて墨を擦っておいたら濃いだの薄いだのと文句を言うので、怒っためじろは主の手伝いを放棄していた。部屋の隅に控え、片目を瞑って半分眠っている。


「なんと詠もう……想いばかりが浮かんで形にならぬ! もっと普段から腕を磨いておけば良かった」

「そーですね」

「しかし送ると言ったからには間を開けるのはよくないだろうし、気ばかりが焦って仕方ない」

「そーですね」

「それにしても何故少女まんがとやらには歌を詠むところが描かれていないのか。ルリがどういったものを好むのか全くわからぬ」

「そーですね」


 悩ましい声が響く主屋の夜はまだ明けそうにない。






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