夏の終わりの溜息の夜3
「祭りか、よいのではないか?」
「えっ!」
ノビくんによる「皆で一緒に遊んだら俺マジで文化祭死ぬほど頑張るから。ダメならナメクジだから」という脅しと土下座の結果、遊びに行く方向で話がまとまってしまった。
夏休みに皆で遊びに行くというのは楽しそうだけど、私はミコト様のお屋敷にお世話になってる身だし保護者代わりであるミコト様がダメならダメだろうな、百田くんも説得してくれるだろうし欠席でもいいかと思っていたのだけれど。
食後のデザートにババロアを食べているミコト様があっさり頷いて、それからコテンと首を傾げる。
「なぜルリが驚く?」
「ミコト様のことだからどうせ反対するとかジメジメするとかしそうだと思ってたから……」
「私のことを何だと思っているのだ、ルリよ……」
そんなに狭量ではない、と溜息を吐いているけれど、すずめくんにみかんをあげているめじろくんの顔がしらーっと白けている。梅コンビはホホホと笑っていた。
「縁日であろう、隣町の。あそこは古い付き合いだし、人柄もよい。心配することはなかろう」
「大きな神社だって言ってました」
「昔からやりくり上手だったからなぁ」
お祭りのある神社にはミコト様がここにお屋敷を作ったくらいから顔見知りの神様がいるらしい。面倒見がよく、ミコト様が引き篭もって暮らしていた間はこの辺りの街まで目をかけていてくれたそうだ。ミコト様からも手紙を書いてよろしく伝えておくので、安心して遊びに行ってもよいと鷹揚に頷いてくれた。
「近頃、私の傷を治す方法を色々と調べたり、前にも増して社へ参ったりと沢山頑張ってくれていたであろう。有り難いが、時には年相応に楽しむことも必要だ」
「ミコト様……普段も別に大変だと思ってないですよ」
「わかっておる。ここにいるからといって遠慮する必要はない、ルリのしたいことをすればよい。もちろん、守るのが難しくなる海などであれば反対しただろうが、私もルリに怖い思いはもうさせとうないのでな」
「そんな……海は私も日焼けしたくないし」
ミコト様の気遣いに残っているババロアをあげようかと思うほど感動していると、みかんを飲み込んだめじろくんがぼそりと呟いた。
「そんなこと仰って、海はルリさまの水着姿を誰かに見られたくないから反対するだけでしょう」
「め、めじろ! そんなわけでは!」
「申し上げておきますけれど、今様の祭りは浴衣で出歩くものですよ」
「浴衣……?! なぜ!! そ、だめだそんな!」
「えっなんで浴衣ダメなんですか」
「なぜとな! ルリよ! そんな、そんな格好で外に出るなど……!!」
いつも和服というか平安時代っぽい服で過ごしているミコト様からの突然の浴衣アンチ発言は驚いた。ハレンチだの危険だのと喚いている。腕も足も隠れる浴衣より、Tシャツにミニスカとかのほうがよっぽどハレンチではないだろうか。
「百田という男子はルリを守る気があるのかと思っていたら、なんと度し難い……! そんな奴らとルリが共に歩くなど! 祭りに行くのすら危ない!」
「えっなんで! さっき良いっていったから行きます絶対行きますー!」
「ならぬー!」
ワーワーやいやい言い争って、最終的に男の子姿になったすずめくんが助け舟を出してくれた。ネットを駆使しながら浴衣の歴史をミコト様にレクチャーしている。浴衣は昔、お風呂用の着物や湯上がりに使われていたらしく、そういうものを着ていくのだと思われていたらしい。そんなパジャマ的な服では流石に出歩かない。
「ほら主様、こういったものですよ。可愛らしいでしょう? 帯も髪飾りも様々なものがあります」
「なんと……」
タブレットで浴衣のカタログを眺めたあと、ミコト様がじっとこっちを見つめてくる。その顔はまだ顰められたままだった。ミコト様としては今の浴衣もパジャマに見えるのだろうか。
「こんなものを着せたら、ルリはますます愛らしくなってしまうのではないか?」
「何の心配してるんですか変態」
「なぜ変態?!」
食べ終わった器をもって流しで軽く洗う。それからとにかくお祭りには絶対行くと念を押してから寝る支度をするために洗面台まで歩いていった。何をこっ恥ずかしいことを真顔で言い出すのだあの神様。
今日は久々に夏の建物の方で寝ようと思った。




