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夏の終わりの溜息の夜2

「そんなに恨みがましい目で見ないで欲しいんですけど」

「べ……べつにそんな目をしているわけでは……」


 半袖シャツの上にニットベストを着ていくかどうか悩んでいると、柱の陰に神様が生えていた。


「昨日ちゃんと話したじゃないですか。別に出掛けてもいいって言ったくせに」

「わかっている。学校なのだろう、行かねばならぬのだろう、どうしても、私を捨て置いても行くというのだろう」


 ちゅちゅちゅ、と鳴いたスズメのヒナ姿のすずめくんが、よたよたと跳ねて近付いてくる。細長い棒のようだった羽は先の方から広がって、今は地肌が見えないようになった。めじろくんによると、この最初の羽根は普通のものよりもふわふわしているらしく。私も毎日暇があればスズメのヒナをくんくん匂ったり頬ずりしたりしている。元の姿に近付いたすずめくんは男の子の姿を取る時間も長くなってきていて、もうそろそろ普段と同じように過ごせそうとのことだった。

 手のひらを差し出すと、パタパタと羽を動かしながらのぼってくるのがとても可愛い。まだ肩に乗せたまま歩き回ると落ちてしまうかもしれないので、ベストを畳んだ上にそっと乗せて開けっ放しの鞄から顔だけ出せるように調整した。


「そんな顔をしてもミコト様は流石に入れられませんよ」

「だっ、だから私は別に……!」

「じゃあ何ですか。私の生足をじっくりいやらしい目で舐め回すように見ていたんですか」

「ち、ちが!」


 慌てて袖で顔を隠すミコト様も面白いけれど、あんまりゆっくりしていると遅刻してしまう。近付くと、ミコト様は袖の横からそろりと顔を覗かせた。のれんのように更に袖をめくると、少し顔を赤らめながら慌てている。


「ミコト様、すぐ帰ってきますから待っててくださいね」

「う……うむ……すぐだぞ。終わったらすぐに帰るのだぞ」

「コンビニ寄るのはいいですか? ミコト様の分のおやつも買ってきますから」

「む……うむ……くりいむとあんこの乗ったやつがよい」

「わかりました」


 非常に渋々といった顔をしながらも、ミコト様は頷いた。内心ではあまり良く思っていないようで、その後ろの方でガタガタ言っている奴がいる。というか、刀だけれど。

 ミコト様が激おこだったときに持っていた刀はミコト様自身が作り出したものらしく、ミコト様の気持ちを汲んでしまうところがあるらしい。しまいこんでいたときは大人しかったけれど、久々のシャバの空気にはしゃいでいるのかお屋敷のあちこちで見かけるようになった。


 袖のれんの中に入るように近付くと、ミコト様が挙動不審になる。あわあわと動いていたのにゆるくハグをすると逆に動かなくなった。薄紫の着物にはミコト様のお香が焚かれていて、不思議ないい香りがする。


「ミコト様、ちゃんと大人しく待っててください」

「る、ルリ……」

「じゃあいってきまーす」


 顔を赤くして動きがゆっくりになったミコト様に手を振って、今のうちにお屋敷を出る。

 抱きついてお願いするだなんて、まるで悪女みたいで少し後ろめたい。けれど今のところミコト様に一番効く攻撃でもあるのだった。




「箕坂……お前心配させんなよ……」

「なんかごめん。そしてどっちかというと百田くんの方が心配だわ」


 野球部員だというのにどんよりした雰囲気を背負ってしまっている百田くんは、ミコト様が暴れた結果の善くない気に見事にあてられてしまっていたらしい。この街に住んでいて大丈夫なのか心配になるけれど、お寺の住職であるお父さんの繋がりで強い人のところに行って何やら修行をしてきたので随分ましになったのだとか。


「遠かったから行くの迷ってたんだけど、親父に蹴り出された。結果良かったけど」

「でも吐かなくなったのは良かったね。あんまり頻繁だと体壊しそうだし」

「よくねーよ? こいつ海行く約束すっぽかしたんだかんね?」

「お前が勝手に言ってただけだろ」


 ミノさんも責任感じてよね! と怒っているのはノビくんである。顔はこっちに向けつつも幼くなったすずめくんにエサの粒を与えて少しずつ距離を縮めているので、それほどは怒っていないらしい。


「高校生なのにさー、夏休み部活ばっかってひどくね? 青春汗臭すぎね?」

「それもある意味青春なんじゃ」

「もっと爽やかな思い出ほしーわけよ。せめて1日だけでいいから!! わかるこの気持ち?!」

「ノビあんた一人だけサボってんじゃないわよ。爽やかな思い出作る前に仕事しろ!」

「ちょっと待って! あと一粒あげさせて!」


 精巧な生首を作っている友達が一人だけ手伝っていないノビくんを睨んでいた。生首はみかぽんのお姉さんが美容師をしていて、練習用に使ったマネキン達らしい。百田くんと大沢くんが血糊を作っていて、私達はそれっぽくなるようにメイクを施している。洋風お化け屋敷のはずなのに、私が作っているのだけどう見ても落ち武者に仕上がるのは何故だろう。悩みながら眺めていると、赤いバケツを渡された。


「これ、使えば」

「ありがとう大沢くん。血糊いっぱい出来た?」

「や、まあまあかな」

「衣装とメイクでも使うらしいから、材料もうちょっと買った方がいいかな」


 衣装係はまだ完成していないらしいので、日にちを考えてまた買い足しに行かなければいけないかもしれない。百田くんとも相談して考えていると、ノビくんが吼えた。


「皆聞いて!! そんなことしてる場合じゃないから!! 遊びに行こ!! 皆で」

「いや、何のために学校集まってんだよ」

「バカじゃん」

「いいから! 海! もしくは花火!」


 ヤダヤダ遊ぶと駄々っ子のようになってしまったノビくんの指を、すずめくんが一生懸命かじっていた。もっとかじってもいいと思う。






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