夏の終わりの溜息の夜1
「わー、通知やばい」
山の神様に連れ去られて以降すっかり忘れていたスマホを触ると、メッセージが沢山入っていた。
主に百田くんからである。
「霊感? 強いって可哀想だなー」
「なんかやばくないか」「今どk」「はく」「ぶじか」「もう胃空っぽだけどお前生きてるか」といった切羽詰まり具合を如実に伝えてくるメッセージや着信が沢山入っている。途中からノビくんの実況も入っていて、百田くんは野球部の練習を途中で抜けるほど具合が悪くなったらしい。
私は大丈夫であることと簡単な説明をすると、すぐに「わかった。よかったな」と返ってきた。ノビくんからは「あんまモモいじめんなよ(顔文字)」と返事があったけれど、別に私がいじめているわけではないと言いたい。
「そういえば、山の神様ってどうなったの?」
例のお礼参りにやってきている天狗仮面ことお父さんがミコト様と喋っている間に、私はめじろくんとヒナ姿のすずめくん、そして白梅さん紅梅さんと一緒に台所でおやつタイム中だった。
今日のお菓子は手作りアイスである。2人にも出したらニコニコしながら食べていたし、様子見に付いてきたらしい天狗は庭に立ったまま大きなボウルを貰って巨大しゃもじで食べていた。
「すずめ、ダメ。お腹壊す」
「ほら、あの……なんて言ったっけ、わらわらさん? とかいう?」
「そんな名前だったかしら」
「少し違うような気もするわ」
「え、そうなんだ。まあとにかく、あの迷惑な人」
おっとりと首を傾げながらチョコアイスを口に運ぶ白梅さんの隣で、数秒経ってからめじろくんがプッと吹き出す。何か面白いことがあったのだろうか。白梅さんはバニラアイスに梅酒を掛けた後、袖をゴソゴソして、ころんころんと小石を2つテーブルに置いた。1つは親指の爪くらいのサイズで、もう1つは小指の爪くらいのサイズである。黒っぽい灰色で丸みを帯びた歪な形をしている。
「すっかり忘れていたわ」
「そうねえ」
「これなに?」
「ルリさまが訊いたでしょう?」
「山のお方よ」
「えっ?」
ころんと小さいその砂利に近い小石が、あの山の神様とキツネのなれの果てらしい。
「ルリさまの気配が遠くなってから、主様が大変お怒りになってお二方をこれに変えておしまいになったんです」
「えぇ」
「翌日に雷も落としていたしねぇ」
「えー!」
「あのお山、しばらく使いものにならないわねえ」
「えぇ……」
「主様だってそうですよ。あんなに無茶なさって、あんなに穢れを背負いなさって」
めじろくんがプリプリ怒りながらアイスを食べ、その手元でヒナが羨ましそうにちーちーと口を開けている。
山の神様はミコト様より強くなったと言っていたけれど、ミコト様の方がやっぱり力は強かったらしい。だけど無理にその力を使ったので、ますますあの傷が広がることに繋がったのだそうだ。
「そうなんだ……ごめんなさい……」
「ルリさまが謝ることはありませんよ。こいつらがすずめを襲ってルリさまを連れ去ったから。主様も怒って当然です」
「本当にいやなことをしてくれたわねえ」
「どうなるかと思ったわ」
「天狗様方がお助け下さって、ルリさまがご無事で本当に良かった。もしものことがあればどうなっていたやら、めじろは想像したくありません」
「おそろしやおそろしや」
「くわばらくわばら」
めじろくん達が帰ってきたのと同時にまた前のように生き生きと動き出した狛ちゃん獅子ちゃん達は、前にも増してお屋敷の周りを警戒しているらしい。ミコト様も傷が大きくて力は弱まっているものの、屋敷の周りに結界をしっかりと張っているということだった。
「お山に住んでいてここへ仕えている者もいましたからそのために通行できるようにしていたのですが、もう大門からしか通り抜けられないようにしたのです。不便ですけどどの道お山は今はあれですし、その者らは住み込みで働いています」
「へえ」
あの山はミコト様がものすごい怒りをぶつけたので、元のようになるまでしばらくかかるのだそうだ。しばらくしたら、またミコト様があそこを管理するようにするとのことである。
「じゃあこのわらわらさん達、ずっとこのままなの? 大丈夫なの?」
「もう神力も潰えて、ただの考える小石ですよ」
「考える小石か……」
思考は残っているのに動けない小石になってしまったままだというのは少し可哀相な気もするけれど、戻してあげてほしいとは1ミリも思わなかった。このまま大人しくしていてほしい。
「……これ、どうするの?」
「その辺に置いておけばいいんじゃないですか?」
「縁の下に撒いておく?」
「庭石の下に入れておく?」
おやつタイムがてらの雑談の結果、哀れ元山の神様は中庭の池の中に落とされることとなった。合掌。




