神のイケニエ8
「ル、ル、ルリよ、その、その……その」
夜。DJみたいになったミコト様は、「今日は一緒に寝たい」という一文を5分ほどかけて言った。
「その、ほ、ほれ、他の者もおらぬゆえ、夜の間に何かあってはならぬし……、その、も、もちろんふ、ふら、不埒な思いではなく、その、そう、き、傷が、背の傷が痛むやもしれぬ」
「別にいいですよ」
「えっ?!」
「でも私、アレ組み立てられませんよ。お布団は敷けますけど」
ミコト様の言ったことは、私も想定済みだった。山の神様からの突然の襲撃がまたあったら困るし、ミコト様のやや不安定な様子を見ていると無理に別室に篭ったところでいいことはなさそうである。それに、すずめくん達のいないお屋敷は妙にしんとしすぎていて、夜中に一人でいると少し心細くなりそうだった。
自分から言いだしたくせに頷くとびっくりしていたミコト様を子ガモのように引き連れながら、大きなミコト様の寝室に畳を敷く。それからその上に布団を敷いて、シーツを掛ければ出来上がりだ。畳と敷布団はそこそこ重いけれどミコト様も手伝ってくれたし、掛け布団は羽毛なので軽い。ミコト様は少し前までずっとマワタという布団を使っていたらしいけれど、それは結構重いらしい。同じくらい温かくて軽い羽毛布団はミコト様のお気に入りになったそうだ。
「よっこいしょ」
「……ルリよ、それはいらぬのではないか? 視界をその、遮っては何かあったときにわかりにくいのではないか?」
「同じ部屋で寝てるし何かあれば多分気付けますよ」
下側がピンク色の衣のかかった几帳を布団の間に立てれば完成だ。
ミコト様は几帳があんまり好きじゃないようだけれど、寝返り打ったときに何か気まずい感じになるのも嫌なので上半身が隠れるようにしっかりと区切っておく。
「ミコト様、傷痛くないですか? 左向いて寝たほうがいいかもしれませんよ。こっちの布団使ってください」
「何故?! わ、私はこちらがよい!」
「別にいいですけど」
お互いに背を向けて寝れば落ち着くかと思って左側の布団を勧めると、ミコト様が右側に座ってしまう。ミコト様はお屋敷の主として長年広い寝室でひとり寝ていたと思うけれど、他人の気配は気にならないタイプらしかった。私も一人部屋でずっと寝ていたのに、逆に誰かがいるとちょっと気になったりする。
「じゃあ灯り消しますね。おやすみなさい」
「え、あ、うむ、」
昨日から色々あって、ようやくいつものお布団に入ってほっとする。お屋敷ではいつもすずめくん達に色々してもらっていたせいで物の場所とかもよくわかっていなくて、ここへ帰ってきてからも何だかんだとばたばたしていた。そのせいで、ミコト様に話そうと思っていたことがほとんど話せていない。
すずめくんのことは話したけれど、お父さんと会ったこと、天狗様に助けてもらったことなどもまだだ。山の神様に連れて行かれたときのことについては、話題に触れるだけでもミコト様がピリピリしたので話さないほうがいいのだろうと思う。あの人がどうなっているのかという心配はあるけれど、めじろくんや白梅さん紅梅さん達に訊ねたほうが無難なようだ。
目を閉じると、ミコト様の上半身を蝕む傷が浮かんでくる。前に家に帰ったときにあの人から助けてくれたときも傷が悪化したけれど、それでも今に比べるとさほど大きくはならなかった。ミコト様がどれほどの力を使ったのか、どれほどの恨みに触れたのかと思うと胸が痛くなる。
傷に薬を塗るだけ、お参りをしてご神力の足しになるでも十分すぎるとミコト様は言うけれど、もっと何か、あの傷に効くような何かが出来たらいいけれど。
几帳の衣の向こうで、僅かにミコト様が身動ぎする音が聞こえてくる。しんと静まり返ったお屋敷なので、ほんの微かな呼吸音さえも拾えるほどだった。目を閉じてゆっくりと息をすると、ミコト様の部屋に染み付いたお香の香りがする。傷の手当てをきちんとしたからか、今はもう血の匂いは漂っていなかった。
暗闇の中でそれを感じながらその香りを嗅いでいると、ようやくいつものような眠気が漂ってきた。




