神のイケニエ6
「……聞いて何とする? ルリがその命を捧げるとでも言うのか」
「言いません」
「えっ……そ、そうか」
ミコト様の質問にノーと応えると、ミコト様はビックリした後になぜか落ち込んでいた。
「ミコト様、私が生贄とかになっても別に嬉しくないでしょう」
「う、うむ……まぁそうだ、そうだが」
「せっかく傷を綺麗に出来ても、私のせいでルリは、とか何とか言ってまた引き篭もったりしそうです」
「そうだが、そうなのだが」
桶に入れた手ぬぐいをミコト様がぐるぐると指で掻き回している。早く体を拭かないと風邪を引きそうなので、遊んでないで協力して欲しい。
「はい流しますよ、手早く出してください」
「うむ……」
「しみますか?」
「いや」
「本当はしみますか?」
「う……す、少し」
「もうちょっと冷たい方がいいのかな」
ミコト様の左腕には、傷口で黒ずんでいるところと肌そのものが黒ずんでいるところがある。ミコト様に訊くと、傷よりも肌が黒ずんでいるところの方が痛むらしい。タオルで押さえると痛そうだけれど、自然乾燥させるのも皮膚が乾いて引きつるかもしれない。
桶に水とお湯を入れてかき混ぜてから、ミコト様に少し屈んでもらって肩より上にもお湯をかけていく。フンドシが濡れるんじゃないかと心配したけれど、ミコト様は後で一人で履き替えると譲らなかった。
「死ぬとか普通に怖いんで、生贄は無理ですね」
「そうであろうな」
「文化祭もまだだし、すずめくんは心配だし、白梅さん達とお菓子作る約束もしてるし」
「そうか」
「州浜もまた大きくしようってこの前話したじゃないですか」
「そうだった」
「だから死ぬとかは無理です」
俯いたままミコト様が少し笑ったような気配がして、そのほうがよいと呟く。怪我に洋服の繊維やゴミが付いていないか確認しながら丁寧にぬるま湯で洗っていると、周囲に血の匂いが充満していた。お香を焚き染めている服を着ていない分、その匂いが濃く感じる。
「ぶっちゃけると、お屋敷に来る前は割と死にたい気持ちになってたんで、その頃に言ってくれてたら喜んで生贄になってたと思います」
「そのような……ルリがどう思おうがせぬぞ私は!」
「いや過去の話なんで」
「何故ルリがそんな心持ちで耐えねばならぬのか」
「ミコト様落ち着いてください」
今は全然そんなことを考えなくなったからと強調すると、ミコト様は少し恥ずかしそうに大人しくバスタオルを抱え直した。
「……命など、捧げなくともよい。ルリが生きて楽しそうにしているのを見る方がよっぽどよい」
「ミコト様が優しい神様でよかった」
「うむ」
あの時、すずめくんがおんぼろなお社から手を差し伸べてくれた先に待っているのが死だったとしても、私にとって救いになったかもしれない。けれど今はそんな気持ちにはまったくなれなかった。明日が楽しみで、死ぬのが怖い。普通のことを忘れるような状況だったのだと今更になって思う。
「ミコト様、お屋敷に来て毎日楽しいです。皆でごはん食べるのも美味しいし、好きなこと出来るし、ミコト様もいるし」
「そ、そうか」
「だから、ずっとそういう暮らしができたらいいなーと思います」
「うむ」
「それで私がおばあさんくらいになってもう未練とかなくなったら、生贄になってもいいですよ」
しわっしわのよぼよぼのおばあちゃんが生贄というのはあんまりイメージにないけれど。死にそうな状態だと魂もスカスカになっているかもしれないけれど。
そう言うと、ミコト様は目を細めて微笑んだ。
「だからそれまでミコト様はちゃんと神様しててくださいね」
「……それは楽しみだな」




