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神のイケニエ5

 お風呂文化は日本の宝だ。

 広い浴場で体を温めて、長風呂をしたい気持ちを押し込めながら着替える。上はTシャツに下はスウェットというパジャマ姿なのは、動きやすさを考慮してのことだ。決していつでもすぐに眠れるようにの準備ではない。


「ミコト様、出ましたぅわ怖っ!!」


 髪をドライヤーで手早く乾かして脱衣所の扉を開けると、ミコト様が刀を持ってぼんやりと立っていた。

 めっちゃ怖い。


「ミコト様、なんでこれ持ってるの? 怖いから置いてくれませんか?」

「あぁ……すまぬ」


 これは私の刀ゆえ、とか言っていたけれど、意味がわからない。刀が勝手にやってきたとでも言いたいのだろうか。ぼーっとするのにも程度があると思う。私はミコト様から刀を受け取って、着替えが入っていた押入れの箪笥の中に入れておいた。押し入れを閉めるときにガチャガチャと音が聞こえてきた気がするけれど空耳だ。


「はいじゃあミコト様もお風呂入ってきて下さい。これ着替え、タオルはあそこですよ」

「ルリ、どこへ行く?」

「私は薬箱を探しておきます。あとごはん何かあるかも」

「ならぬ」


 ならぬのか。なろうよ。


「えーっと、でもミコト様も体冷えてませんか? せめてかけ湯だけでもした方がいいですよ。傷口も一回綺麗に流した方がいいと思うし」

「なぜ見えぬところへ行こうとする」

「いやそういう意図ではなくてですね……じゃあここで待ってるんで早くお風呂行ってきて下さい」


 ミコト様をさっきまで押し込めておいた部屋に入ろうとすると、また手首を掴まれた。じっとこちらを見ているミコト様は、ぼうっとしているようにも、寂しそうにも見える。大きな傷を負った状態なのでなおさら、あんまり突き放していると罪悪感が湧いてくるのだ。

 よし。私も腹をくくろうではないか。


「わかりました。脱いで下さい」

「え、」

「私が手伝ってあげますから。早く」

「な、う」

「ほらこれどうやって取るんですか? ここ解くんですか?」

「ま」


 ミコト様の腰に付いていた鞘を外して、帯をほどいていく。オロオロしているミコト様をタマネギのように剥いて、それから自分のスウェットの裾も捲り上げる。流石に袴を脱がそうとすると羞恥心が働いたようだけれど、面倒なのでそのまま脱がせた。

 ミコト様はフンドシ派でした。「そ、そこまでは……ルリ……後生だから……後生だから……」と涙目になってバスタオルを抱えるミコト様に免じて、パンイチならぬフンイチ状態のミコト様を浴場へと連れて行く。


「結構傷が大きいですね。傷のないところはタオルで拭くだけにしときましょうか。自分で出来ますか?」

「う……うむ……」

「髪の毛纏めますね」


 背中を丸めて恥ずかしそうにイスに座るミコト様の髪の毛が濡れないように纏めていく。脱衣所には髪ゴムが置いてあるけれど、ミコト様は結構髪の毛が長いので幾つか使ってお団子に纏める。フンイチお団子姿のミコト様が面白くて笑うと、非常に複雑そうな顔をしたままミコト様は大人しく手ぬぐいをお湯で絞っていた。


 ミコト様の顔の左側、そこから傷は首筋を降りて上半身の左側をほとんど覆うように染めていた。肋骨に沿うように脇腹まで肌が黒ずんでいて、背中も肩甲骨あたりまで。左腕はほとんど普通の皮膚が残っていないほどだった。

 蛇口からぬるいお湯を風呂桶に溜めて、それを手で掬うようにしてそっとミコト様の左手に掛けてみる。


「痛いですか?」

「いや、さほど」

「とりあえず肘から下まで流しますね。痛かったら言ってください」

「ルリ、触れては」


 ミコト様の左手を右手で取って少し伸ばし、反対の手で風呂桶を傾けて流していく。所々で滲んでいた傷から血が洗い流されて、ミコト様は僅かに顔をしかめた。

 流れたお湯が私の手にも届き、手のひらのところに溜まる。それは血が混ざった色というよりは、黒い絵の具を融かしたような色をしていた。それをミコト様も見たのか、手を引っ込めてしまった。


「早う、手を清めるがよい。穢れに触れて良いことなどない」


 私の手のひらに付いたその汚れは、お湯で流すときちんと流れていく。けれどもミコト様の腕は、お湯をかけていないところと変わっていないように見えた。薬師如来様の妙薬でも治らなかった傷なのだから、お湯で流すだけできれいになるとは私も思っていなかったけれど。広くミコト様を覆うような傷を見ているととても痛ましい。


「ミコト様、神様の荒ぶった魂は、人間の命で慰められるって本当ですか?」


 私の問いに、ミコト様は驚いたように顔を上げた。






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